2013年01月24日
僧侶と住民
僧侶と住民『寒中修行』 のタイトルで 1月22日の 静岡新聞に 掲載されました。 写真が掲載された オニイサン、さっそく「住民」のあだ名が・・・

(寒行初日)
「寒行」, 興徳寺スタートの3日間が終わり、昨日から 妙覚寺スタートになりました。
初日は 日曜日ということもあってか 参加者 何と39名、用意しておいた 団扇太鼓(うちわだいこ)が足りませんでした。
「寒行」も 今年で9年目です。
日本に戻ってきたばかりの私に 地元の若いお坊さん3人が 声をかけてくれ、その年からスタートしました。 僧侶としての出発が このような マジメで純粋な若い方たちに 支えられていたことに 「私は恵まれていたんだな~」 と 改めて思います。
4人で始めた 「寒行」ですが いまでは 30名近くの集団になりました。 皆勤賞を目指しておられる方も 多いようです。
これもまた 本当にありがたいことです。

出発前、 本堂で お経を唱える。
(出発)



お檀家さん宅で ご祈願

今回参加してくれた 小学生からの質問、 「寒行は 何のためにやるんですか?」
私はこのように答えました。
「太鼓の音とお題目の声で どうかこの村が平和でありますように~ ここに住んでいる人たち み~んなが シアワセでありますように~、って 仏さまに お願いしているんです。 寒い中 がんばって えらいね~ って 仏さまが見ていて、きっとその願いを 叶えてくれますよ」

(私の 寒行グッズ)
すべての太鼓の音がピタッと合わさって 粛々と進んでゆく時、
夜空と大地がひとつになって 南無妙法蓮華経の中に体が溶け込む・・・
頭は完全に空っぽで 目に映るすべてが 美しい、
まさに“完全調和”の世界です。
一度体験してみてください。

前回のブログに ポルトガル語の書き込みが・・・
「parabéns....muitas felicidades!!..」 誕生日 おめでとう、と かつての私の社員Alexandre(アレッシャンドレ)から・・・
彼は 日本語が読めないはずなのに どうして???
それに対する返事が 「.O google translator me ajudou..」 どうやらgoogleの翻訳サイトで読んでいるらしいのです。
大した時代です。

(寒行初日)
「寒行」, 興徳寺スタートの3日間が終わり、昨日から 妙覚寺スタートになりました。
初日は 日曜日ということもあってか 参加者 何と39名、用意しておいた 団扇太鼓(うちわだいこ)が足りませんでした。
「寒行」も 今年で9年目です。
日本に戻ってきたばかりの私に 地元の若いお坊さん3人が 声をかけてくれ、その年からスタートしました。 僧侶としての出発が このような マジメで純粋な若い方たちに 支えられていたことに 「私は恵まれていたんだな~」 と 改めて思います。
4人で始めた 「寒行」ですが いまでは 30名近くの集団になりました。 皆勤賞を目指しておられる方も 多いようです。
これもまた 本当にありがたいことです。

出発前、 本堂で お経を唱える。
(出発)



お檀家さん宅で ご祈願

今回参加してくれた 小学生からの質問、 「寒行は 何のためにやるんですか?」
私はこのように答えました。
「太鼓の音とお題目の声で どうかこの村が平和でありますように~ ここに住んでいる人たち み~んなが シアワセでありますように~、って 仏さまに お願いしているんです。 寒い中 がんばって えらいね~ って 仏さまが見ていて、きっとその願いを 叶えてくれますよ」

(私の 寒行グッズ)
すべての太鼓の音がピタッと合わさって 粛々と進んでゆく時、
夜空と大地がひとつになって 南無妙法蓮華経の中に体が溶け込む・・・
頭は完全に空っぽで 目に映るすべてが 美しい、
まさに“完全調和”の世界です。
一度体験してみてください。

前回のブログに ポルトガル語の書き込みが・・・
「parabéns....muitas felicidades!!..」 誕生日 おめでとう、と かつての私の社員Alexandre(アレッシャンドレ)から・・・
彼は 日本語が読めないはずなのに どうして???
それに対する返事が 「.O google translator me ajudou..」 どうやらgoogleの翻訳サイトで読んでいるらしいのです。
大した時代です。
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10:45
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2013年01月19日
美しきかな 60代
私の誕生日を祝って 今年も仲間たちが・・・

木村久美子邸です。

今年は めいめいに 小さなお膳という
久美子流の ちょっと憎い演出で・・・

ハルミさんと イクミさん
どうせのことなら
着物姿の芸者さんが 欲しかった・・・

最後は 情熱の座談会。

フミエさんの 手作りケーキ
先日、小学校時代の恩師(80歳間近)と話したときのこと、
先生が「20代、30代・・・それぞれに いい人生だったと思うけど、一番楽しかったのは 60代だね~」
と 言われたのです。
私、 63歳になりました。
改めて、 60代って いいな~と思います。
肉体も 頭の働きも 適当に枯れてきて とってもいい具合、
何よりいいのは 欲がなくなってきたこと、
物欲、金銭欲、名誉欲・・・ ブラジル時代は、人並みに 高級車にも 別荘にも憧れたけど
今じゃ くれるといっても 要りません。
さらには 食欲、性欲・・・
ムカシは いっぱしのグルメを気取って、オイシイものを食べることに、かなりの情熱を燃やしていたのに 断酒してからは その興味も半減してしまいました。(断酒して 早7年です)
まだ 40代だった頃、 妻が 「性欲が無くなったら 楽になれるだろうな~」と つぶやき
私は返答のしようもなくて 聞こえなかったフリをしたことを 思い出します。

今年の冬は 例年より寒いのか、
未だに 水仙が 咲いてくれない。
庭に 花が何もありません。
今、私 63歳。
欲がなくなって その分 自由を手に入れました。
欲はなくなったけど 夢はあります。 肉体の リミットを はるかに超えた夢です。
妻が よく言ってました。
「アタシ 死ぬのは 何にも怖くない、 楽だと思うよ~」
私も 明日死んでもイイ と思って 今日を生きています。 でも 長生きしたい、とも思います。
美しきかな 60代。

雪ではなく 霜柱
明日(1/20)より 2月3日までの 15日間、『寒行』です。
18時40分、本堂でお経を上げて 19時出発、約1時間 夜の村を お題目を唱えながら 歩きます。
興味のある方 1日でも ご参加ください。
一緒に歩きましょう。

木村久美子邸です。

今年は めいめいに 小さなお膳という
久美子流の ちょっと憎い演出で・・・

ハルミさんと イクミさん
どうせのことなら
着物姿の芸者さんが 欲しかった・・・

最後は 情熱の座談会。

フミエさんの 手作りケーキ
先日、小学校時代の恩師(80歳間近)と話したときのこと、
先生が「20代、30代・・・それぞれに いい人生だったと思うけど、一番楽しかったのは 60代だね~」
と 言われたのです。
私、 63歳になりました。
改めて、 60代って いいな~と思います。
肉体も 頭の働きも 適当に枯れてきて とってもいい具合、
何よりいいのは 欲がなくなってきたこと、
物欲、金銭欲、名誉欲・・・ ブラジル時代は、人並みに 高級車にも 別荘にも憧れたけど
今じゃ くれるといっても 要りません。
さらには 食欲、性欲・・・
ムカシは いっぱしのグルメを気取って、オイシイものを食べることに、かなりの情熱を燃やしていたのに 断酒してからは その興味も半減してしまいました。(断酒して 早7年です)
まだ 40代だった頃、 妻が 「性欲が無くなったら 楽になれるだろうな~」と つぶやき
私は返答のしようもなくて 聞こえなかったフリをしたことを 思い出します。

今年の冬は 例年より寒いのか、
未だに 水仙が 咲いてくれない。
庭に 花が何もありません。
今、私 63歳。
欲がなくなって その分 自由を手に入れました。
欲はなくなったけど 夢はあります。 肉体の リミットを はるかに超えた夢です。
妻が よく言ってました。
「アタシ 死ぬのは 何にも怖くない、 楽だと思うよ~」
私も 明日死んでもイイ と思って 今日を生きています。 でも 長生きしたい、とも思います。
美しきかな 60代。

雪ではなく 霜柱
明日(1/20)より 2月3日までの 15日間、『寒行』です。
18時40分、本堂でお経を上げて 19時出発、約1時間 夜の村を お題目を唱えながら 歩きます。
興味のある方 1日でも ご参加ください。
一緒に歩きましょう。
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20:49
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2013年01月13日
七面山の誓い
毎年 3回は 七面山に 登詣(とうけい=登ってお参りすること)します。
春・秋と・・・
1月10日です。 今年も 朝の4時に出発しました。
春・秋は 同行者を募って(秋は1泊)行きますが、この日は いつも 一人です。
登り始めが 5時40分、 もちろん真っ暗、 懐中電灯の光だけが頼りです。
体が慣れるまでは 「キツイッ!」と感じるものですが、今回は 意外と楽でした。
なぜかと言うと・・・
先日、TVで 「三浦雄一郎さん」を観たからです。
「三浦雄一郎」; プロスキーヤーで冒険家、 富士山の直滑降~世界7大陸最高峰のスキー滑降、
そして 70歳と 75歳で エベレストに登頂、 そして 今年 ナント80歳で 3度目のエベレストの登頂を目指している。
三浦さんは プロスキーヤーとしての数々の偉業を達成した後、冒険家としての目的を失い、不摂生を重ねているうちに 身長164cmに対して体重85kg、というメタボ体形に・・・ 裏の 藻岩山という 500mの山にも登れなくなってしまったそうです。
ですが 、99歳にしてなおモンブラン氷河の滑降という挑戦を続ける父親(故三浦敬三氏)から刺激を受け、エベレスト登頂という 目標が生まれ、徹底的な トレーニングを課して、世界最高齢(ギネスブックに掲載)での世界最高峰登頂という偉業を達成したのです。
80歳の今、背中に20kg 足首に2kgづつの ウエイトをつけ 1日2時間歩く、 自宅には酸素の量を調節できる特殊な部屋があって、低酸素状態の中 ランニングマシンで走る、 あるいは 夜 そのまま眠る・・・
何とも スザマジイ、
80歳で現役の三浦さんのことを考えながら登りました。
「こんな坂、ナンダッ!」とつぶやきながら・・・


37丁目から上は アイスバーン状態、

アイゼンをつけます。

装着した状態(靴の裏です)

45丁目の
『和光門』、
寄付を募って 新しくなりました。
ここまで来ると ホッとします。

『敬慎院』

『龍神池』も 凍結しています。

この時期にしては 意外と暖かく(?) マイナス8度でした。
今回 三浦さんに背中を押され 上機嫌で 久しぶりに 登りのタイムをとってみたら 3時間ちょっと、
全盛期には遠く及びません。
上で 働いてい若いるお坊さんに「どれ位で 登るの?」と聞いたら 「普通で3時間、急げば2時間くらいです」と言うので
「2時間? すっごいね~」 と言ったら 「一番 早い者で 1時間15分、という記録が あります」と・・・
1時間15分? 一般的に 4~5時間と言われている 急な登り道です。 小走り、という感覚なのでしょう、 スゴイ坊さんが いるものです。
それに刺激を受けて 帰りは ほとんど 小走りで 駆け下りてみました。
何とか 転ばずに 1時間ちょっと・・・ ですが 麓に着いて 停めてあった車の後部座席に座って 山用のシューズを脱ごうとしたら いきなり両足が つってしまい その痛さに 冷や汗・脂汗・・・
急激な運動をして 汗をかいて いきなり止まったので 冷えたのだと思います。
おまけに 筋肉痛が 未だに とれず・・・
三浦さんが エベレストを目指して トレーニングを開始したのは おそらく 私の年齢の頃でしょう。
私は 誓いました。
「80歳になるまで 七面山に登り続けます!」
三浦さんの 80歳でエベレストとは 比較しようもないけど、それでも 達成できれば 大したもんです。

春・秋と・・・
1月10日です。 今年も 朝の4時に出発しました。
春・秋は 同行者を募って(秋は1泊)行きますが、この日は いつも 一人です。
登り始めが 5時40分、 もちろん真っ暗、 懐中電灯の光だけが頼りです。
体が慣れるまでは 「キツイッ!」と感じるものですが、今回は 意外と楽でした。
なぜかと言うと・・・
先日、TVで 「三浦雄一郎さん」を観たからです。
「三浦雄一郎」; プロスキーヤーで冒険家、 富士山の直滑降~世界7大陸最高峰のスキー滑降、
そして 70歳と 75歳で エベレストに登頂、 そして 今年 ナント80歳で 3度目のエベレストの登頂を目指している。
三浦さんは プロスキーヤーとしての数々の偉業を達成した後、冒険家としての目的を失い、不摂生を重ねているうちに 身長164cmに対して体重85kg、というメタボ体形に・・・ 裏の 藻岩山という 500mの山にも登れなくなってしまったそうです。
ですが 、99歳にしてなおモンブラン氷河の滑降という挑戦を続ける父親(故三浦敬三氏)から刺激を受け、エベレスト登頂という 目標が生まれ、徹底的な トレーニングを課して、世界最高齢(ギネスブックに掲載)での世界最高峰登頂という偉業を達成したのです。
80歳の今、背中に20kg 足首に2kgづつの ウエイトをつけ 1日2時間歩く、 自宅には酸素の量を調節できる特殊な部屋があって、低酸素状態の中 ランニングマシンで走る、 あるいは 夜 そのまま眠る・・・
何とも スザマジイ、
80歳で現役の三浦さんのことを考えながら登りました。
「こんな坂、ナンダッ!」とつぶやきながら・・・


37丁目から上は アイスバーン状態、

アイゼンをつけます。

装着した状態(靴の裏です)

45丁目の
『和光門』、
寄付を募って 新しくなりました。
ここまで来ると ホッとします。

『敬慎院』

『龍神池』も 凍結しています。

この時期にしては 意外と暖かく(?) マイナス8度でした。
今回 三浦さんに背中を押され 上機嫌で 久しぶりに 登りのタイムをとってみたら 3時間ちょっと、
全盛期には遠く及びません。
上で 働いてい若いるお坊さんに「どれ位で 登るの?」と聞いたら 「普通で3時間、急げば2時間くらいです」と言うので
「2時間? すっごいね~」 と言ったら 「一番 早い者で 1時間15分、という記録が あります」と・・・
1時間15分? 一般的に 4~5時間と言われている 急な登り道です。 小走り、という感覚なのでしょう、 スゴイ坊さんが いるものです。
それに刺激を受けて 帰りは ほとんど 小走りで 駆け下りてみました。
何とか 転ばずに 1時間ちょっと・・・ ですが 麓に着いて 停めてあった車の後部座席に座って 山用のシューズを脱ごうとしたら いきなり両足が つってしまい その痛さに 冷や汗・脂汗・・・
急激な運動をして 汗をかいて いきなり止まったので 冷えたのだと思います。
おまけに 筋肉痛が 未だに とれず・・・
三浦さんが エベレストを目指して トレーニングを開始したのは おそらく 私の年齢の頃でしょう。
私は 誓いました。
「80歳になるまで 七面山に登り続けます!」
三浦さんの 80歳でエベレストとは 比較しようもないけど、それでも 達成できれば 大したもんです。

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09:41
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2013年01月07日
シンプルライフ
遅ればせながら
明けましておめでとうございます
(今年の 年賀状です)

暮れから 本日にかけて ブログに向かう暇もなく 過ぎてしまいました。
以下 日記風に・・・
大晦日の 「唱題行」が終わって 寝たのが2時過ぎ、 それでも 5時半には 起きて 「元旦のお勤め」を果たし、 初日の出・・

「おせち」を用意して 母と挨拶を交わす頃には 気の早い 年始客が 現れます・・・
「どうぞ どうぞ 上がって マ 一杯」 なんて ムカシの話、皆 「予定が ありますので・・」 と 何とも 慌ただしい。

合間を 縫って 翌日の 「元旦会(がんたんえ)」の 準備、
本堂を 飾り付けたり、
椅子を並べたり・・・
そして・・・
「書き初め」
これを 翌日の「法話」の ネタ(?)にします。
書道の 習い始めの頃は 全然 気にせずに 皆の前で 見せていたのですが、
最近では とても恥ずかしくて 人様に見せるには 最低100枚 書かなければ、
などと 思ってしまいます。
でも それも 「書き初め」の趣旨でも ないような気がして・・
こんなところで ヨシ としました。

「元旦会」
よいお天気で
52名の方が
来てくださいました。
名物、 「お汁粉」 と 「甘酒」
3日は 東京から 友人3人が来てくれて 終日を過ごし、 4日に 檀家総代さんの訃報が入って、
昨日が 通夜、今日が お葬式でした。
埋骨を 終えて 帰ってきたところです。

その合間には お正月の お飾りを 外し、

「鏡餅」も下げて 、

「かきもち」にします。
これ以上 固くなると 切るのが大変なので
何があっても このあたりで やっておきます

切り終わったら 日陰で カラカラになるまで 干します。
(こうしておくと 半永久的に 保存できます)

ちょっと 揚げてみました。
砂糖と塩だけの
シンプルな味
とても 懐かしい、
「♪ヤメラレナイ トマラナイ~」
という CMがありましたが
まさに そんな感じです
話はちょっと 戻りますが
「元旦会」の法話で 昨年に引き続き 紙芝居を 上演いたしました。
そのとき 紙芝居用の台が 少し低いので(通常のテーブルよりちょっと高いだけ) かさ上げしようと ムカシ使っていた 「ちゃぶ台」を物置から 引っ張り出してきました。
驚いたのは そのサイズ、

とっても 小さな物です。
私が 小学生の頃 我が家は6人家族でしたが 時に これで 全員が一同に会して 食事をとったことは 間違いないことで・・・

使わないときは
このように畳むことが できる
優れた構造に なってます
あの頃 ”一汁一菜(いちじゅういっさい)” と 言って ご飯と 味噌汁 と おかずが一品、真ん中に漬物
それだけだったな~ と・・・ それで 充分!
今年は 原点に帰って 「シンプルライフ」を 心がけます。

元日の 富士山です
本年も よろしくお願い申し上げます
明けましておめでとうございます
(今年の 年賀状です)

暮れから 本日にかけて ブログに向かう暇もなく 過ぎてしまいました。
以下 日記風に・・・
大晦日の 「唱題行」が終わって 寝たのが2時過ぎ、 それでも 5時半には 起きて 「元旦のお勤め」を果たし、 初日の出・・

「おせち」を用意して 母と挨拶を交わす頃には 気の早い 年始客が 現れます・・・
「どうぞ どうぞ 上がって マ 一杯」 なんて ムカシの話、皆 「予定が ありますので・・」 と 何とも 慌ただしい。

合間を 縫って 翌日の 「元旦会(がんたんえ)」の 準備、
本堂を 飾り付けたり、
椅子を並べたり・・・
そして・・・
「書き初め」
これを 翌日の「法話」の ネタ(?)にします。
書道の 習い始めの頃は 全然 気にせずに 皆の前で 見せていたのですが、
最近では とても恥ずかしくて 人様に見せるには 最低100枚 書かなければ、
などと 思ってしまいます。
でも それも 「書き初め」の趣旨でも ないような気がして・・
こんなところで ヨシ としました。

「元旦会」
よいお天気で
52名の方が
来てくださいました。
名物、 「お汁粉」 と 「甘酒」
3日は 東京から 友人3人が来てくれて 終日を過ごし、 4日に 檀家総代さんの訃報が入って、
昨日が 通夜、今日が お葬式でした。
埋骨を 終えて 帰ってきたところです。

その合間には お正月の お飾りを 外し、

「鏡餅」も下げて 、

「かきもち」にします。
これ以上 固くなると 切るのが大変なので
何があっても このあたりで やっておきます

切り終わったら 日陰で カラカラになるまで 干します。
(こうしておくと 半永久的に 保存できます)

ちょっと 揚げてみました。
砂糖と塩だけの
シンプルな味
とても 懐かしい、
「♪ヤメラレナイ トマラナイ~」
という CMがありましたが
まさに そんな感じです
話はちょっと 戻りますが
「元旦会」の法話で 昨年に引き続き 紙芝居を 上演いたしました。
そのとき 紙芝居用の台が 少し低いので(通常のテーブルよりちょっと高いだけ) かさ上げしようと ムカシ使っていた 「ちゃぶ台」を物置から 引っ張り出してきました。
驚いたのは そのサイズ、

とっても 小さな物です。
私が 小学生の頃 我が家は6人家族でしたが 時に これで 全員が一同に会して 食事をとったことは 間違いないことで・・・

使わないときは
このように畳むことが できる
優れた構造に なってます
あの頃 ”一汁一菜(いちじゅういっさい)” と 言って ご飯と 味噌汁 と おかずが一品、真ん中に漬物
それだけだったな~ と・・・ それで 充分!
今年は 原点に帰って 「シンプルライフ」を 心がけます。

元日の 富士山です
本年も よろしくお願い申し上げます
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19:18
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