2013年04月30日

交響曲第1番《HIROSHIMA》

『毎日書道展』への出展作品が 締め切りが迫っても なかなか出来上がらず、 先生をもヤキモキさせましたが
昨日 何とか提出することができました。 
今、少々ホッとしています。


出展を申し込んでから 約2ケ月の余裕があったので 何とか200枚を書いてみたいと 思ったのですが・・・










彼岸~花まつり と 集中できず、 
終わってみたらば 120枚ほどでした。

「審査の結果については 運もあるので・・・」
先生のビミョー(?)な発言。




毎日 朝の4時から 1時間半を 制作時間に充てています。
いつも その日の気分で 音楽を選んで流していますが 今回は毎日 同じ曲でした。

それは 全聾の作曲家 佐村河内守さんの 交響曲第1番《HIROSHIMA》




佐村河内守 さむらごうち まもる 1963年9月21日~
被爆者を両親として広島に生まれる。4歳から母親よりピアノの英才教育を受け、10歳でベートーヴェンやバッハを弾きこなし「もう教えることはない」と母親から告げられ、以降、作曲家を志望。中高生時代は音楽求道に邁進し、楽式論、和声法、対位法、楽器法、管弦楽法などを独学。17歳のとき、原因不明の偏頭痛や聴覚障害を発症。高校卒業後は、現代音楽の作曲法を嫌って音楽大学には進まず、独学で作曲を学ぶ。
1988年、ロック歌手として誘いを受けたが、弟の不慮の事故死を理由に辞退。聴力の低下を隠しながらの困難な生活が続く中、映画『秋桜』、ゲーム『バイオハザード』等の音楽を手掛ける。1999年、ゲームソフト『鬼武者』の音楽「交響組曲ライジング・サン」で脚光を浴びるが、この作品に着手する直前に完全に聴力を失い全聾となっていた。抑鬱神経症、不安神経症、常にボイラー室に閉じ込められているかのような轟音が頭に鳴り止まない頭鳴症、耳鳴り発作、重度の腱鞘炎などに苦しみつつ、絶対音感を頼りに作曲を続ける。
2000年、それまでに書き上げた12番までの交響曲を全て破棄し、全聾以降あえて一から新たに交響曲の作曲を開始。2003年秋、『交響曲第1番《HIROSHIMA》』を完成。同曲は、2011年、日本コロムビアよりCDリリースされ、センセーショナルな反響を呼んだ。 (HPより転載)


「イイ」とか「好き」とかいう表現より もっと月並みなのですが 「スゴイ!」としか 言いようもない。

音が 全く聴こえなくて 交響曲を作曲する、ということだけでも 「スゴイ!」ことだけど、 24時間止むことのない 重度の耳鳴り、絶え間なく襲う発作、重度の神経症、腱鞘炎、過敏性大腸症候群等々 これでもか これでもかと襲い来る苦痛、 その合間を縫っての 作曲活動は 「スゴイ!」以外の言葉が見つからない。 

肉体的に大きく欠けたことで、私はもとより欠けていた人間性を取り戻すことができ、作曲家としては 内なる音――― 私にとっての真実の音=闇の音 ―――との奇跡的な出会いを果たすことができたのです。(自著 交響曲一番 より)


曲が また 「スゴイ!」のです。 80分を超える大作で 不協和音の鳴り響く難解な曲ですが  希望の鐘の音が鳴り渡るなかのフィナーレは 何度聴いても感動します。

闇が深まっていくたびに〈呪われている〉というイメージにとらわれ、自分の感じる”神”という存在を憎んできました。 しかしその一方で、神が与えたその闇なくして、平凡な幸福(小さな光)の大切さと 祈ることの大切さを見出すことができなかったのも事実です。

自分を闇に突き落とした憎むべき相手と、真理の感謝を捧げる相手と、苦痛から救われるために祈る相手―――。その三者は「同一の存在」だったのです。(同著より)






僧侶として
自分のつたない体験などを元に
人前で話すことが
恥ずかしく思えます。 







佐村河内さんのことが 最近マスメディアでよく取り上げられ、交響曲第1番《HIROSHIMA》 全国ツアーコンサート、 も 大人気、近日中の公演は すべて完売だそう。  2014年4月に 静岡公演があるとのことで、先行予約を入れておきました。 一年後です。 遠い!ですね。



                  裏山(ドングリ山)からの 昨日の富士山です  


Posted by kotokuji at 19:45Comments(0)

2013年04月24日

仰げば尊し

朝から 雨が降っています。
寒くて ストーブを焚いてます。  3月に温かい日が続き、今年はこれで最後だろう、と ちょびっとだけ燃料を入れることを繰り返して来ました。 
「これで何回目?」と苦笑しながら 今朝も・・・







「花まつり」が終わって、 お葬式が続き、 
その他モロモロが重なって 予定が大幅に狂っています。

昨日の午後は 久しぶりに山へ入って 竹の子を掘りました。
不作の年ですが 
秋のお会式に 皆さんに食べていただく分だけは 
何とか確保できました。 
早速 昨夜 庭の大釜で 2度に分けて 茹でました。






久しぶりの雨、 何となく ホッとします。 
こういう日は 外の仕事はできないし、来客もいないので、 自分の時間として 使うことができます。



机の周囲の整理を始めました。 開封しないまま積み上げてあった 雑誌や 新聞の類、ちょっと目を通せば それで 手が止まってしまうので なかなか はかどりません。

雨の 写真を撮りたい、と思いました。






 高速シャッターで 捉えた
 雨粒。













午後になって ミキオちゃんの奥さん、フミエさんから 電話、
「タイゼンさんに歌を歌ってほしい、という女の人が 今から 行きますから~」 
「・・・??」 「何のこと?・・・」

しばらくすると 美しい女の方が 玄関に立って 差し出された名刺を見れば 「SBSラジオ 制作部」 、
SBSは TBS系の静岡放送局です。 
「どうぞどうぞ」と招き入れたら 揃いのスタジャンに身を包んだ さらに若い女の方が2人、一気に華やかなフンイキになりました。

それから意味を理解するには ややしばらくの時間を要しました。

つまりは こうです。 
誰かに歌を歌ってもらって それにまつわるお話を インタビューするという 10分間の番組、 それが 今週は この旧芝川町ということで 3人で朝から候補者を探して、なぜかは聞き忘れたけど ミキオちゃんの家にたどり着き、 そこから こちらに 振ってこられた、というワケでした。

「歌は困るな~ 下手だし・・・ 」 「そうですか~」
「適当に喋れば 後で編集してくれるんでしょ?」 「いえ、生放送なんです」
「エ~ツ、何時から~?」 「それが 4時からなんです~」
その時点で もう3時20分、
「もう やるしかないじゃん!」「あ~ ヨカッタッ、オネガイシマ~ス」
なんて やりとりがあって ふと思い出したのが 「花まつり」で 皆で 歌った 「仰げば尊し」

かつては 卒業式の定番だった 「蛍の光」と 「仰げば尊し」が 歌われなくなった、と聞いたのは ブラジル在住の頃、
「蛍の光」は まだ 他の場面でも使われるだろうけど、 「仰げば尊し」は このまま消えてしまうのか、と思ったらとても淋しかった・・・

胸がキュンとする思い出が詰まったこの歌を
子や孫の卒業式で 父兄が 歌ったらどう?・・・ などと日本から来た仲間に 呼びかけたりもしました。

明治17年生まれの 文部省唱歌です


          
意外、と思われる方が多いのですが、 私は気が弱くて、アガリ症、
声は上ずって ノドはカラカラ、でした。

一体 どのように聴こえたのでしょうか?



  雨が降る前の 富士山です

結局 これといったことは 何もできずに 一日が終わってしまいました。 

明日から、気を入れて お寺の会計処理と、 パソコンをXPから セブンに替える準備と、過去帳の整理と、墓地の造成工事の準備と、講演会の準備と 竹の子掘り、と 桜の樹の手入れと 毎日書道展の準備等を 同時進行で やっていきます。 
  


Posted by kotokuji at 21:33Comments(0)

2013年04月19日

春たけなわ

昨年は 管理に失敗して ほとんど収穫できなかった 興徳寺の わらび畑(?)
今年は 豊作でした。

 

失敗の原因は 新しい草刈機を購入して 嬉しがっていた某住職(?)が 夏に伸びた”わらび”を刈ってしまったこと、でした。 この時期に 根ッ子の部分が成長するのだそうです。

一方 竹の子は 昨年は大豊作でしたが 今年は 裏年とやらで サッパリです。



”わらび”も ”竹の子”も 人にあげるために 管理しているもので、皆が喜んでくれれば それだけで 充分なのですが・・・

・・・最近 見知らぬ人が 山に入って 採取しているところを 見かけるようになりました。 
私の顔を見ても 知らんふり、 
どうやら 山菜のたぐいは 自然のものなので 誰が採っても 自由だろう、と思っているらしい、 

グループ連れで 楽しそうにやっているので そのフンイキを壊すのも 可哀想だと思い、何も言いませんでしたが、
結局 不本意ながら このような立て札を あちこちに・・・



『花まつり』が終わり、ちょっと自由な時間がとれるかな、と期待したのですが お葬式が たて続き、 気がつけば ”ギフチョウ” もハイシーズンを過ぎてしまいました。 

今年 初めて 生息地に入り 対面してきましたが 燐粉が落ちてしまって もっとも美しい時期を逃してしまいました。







それでも 食草のカンアオイに 
卵を産み付けているものを発見できました。 
「ギフチョウ保護の会」の会員さんたちの 
努力が 確実に実を結んでいるようです。









これが カンアオイ
ギフチョウの幼虫は この葉っぱしか
食べないのです


















花の種類もだんだん増えて
気がつけば 汗ばむほどの陽気になりました。














春 たけなわ! です。








  


Posted by kotokuji at 20:39Comments(0)

2013年04月10日

雨のち曇り、そして晴れ

「花まつり」 無事終了いたしました。

イベントが近づくと 晴天のお計らいをいただけますように・・・ と祈願をします。



週間天気予報が 発表され、
ナント 前日の土曜日=雨、そして 当日も=雨・・・

祈願にも 熱が入ります。  

されど雨マークは消えず、 日が近づくにつれ 
なんとナント 春の嵐の予報。

気の弱い私は ため息ついたり、 いらだってみたり・・・
 
それでも 最悪を予想して 
本堂と庫裏を使っての イベントのシュミレーションを組み、
小雨なら 外で実施するべく 大型テントをいくつか 調達したりと、 
考えうる 万全の準備をいたしました。

曇りのち雨 の予報が 雨のち曇り に変わり かすかな期待、




前日は 午後から降り始め  夜半は ドシャ振り、
ですが 明け方 雨が止み ナント 青空が!


 
嬉しかった、 本当に 嬉しかったです。

『第6回 興徳寺 花まつり』



法要の前に 太鼓の叩き方を指導




《書のパフォーマンス》

書家、木村花鴨先生(檀家さん)。
本堂の前より 書き始め、階段を一気に 50m書き下ろします。


  









今年は 「花」
”春のうららの 墨田川~” でした。









上品・格調・お祭り騒ぎ というキーワードを 
Mix してみたら 琴と尺八~クラリネット~ハワイアン・・ となった・・・? 


  

























劇団 「うふふ」 今年の演目は 日本昔話より 『猿地蔵』

正直なお爺さんが 畑で昼寝をしていたら 猿どもが お地蔵さんと間違えて 川向うの いいところに運び お供え物をた~くさん、


それを聞いた 
隣の欲たかり爺さん、
寝たふりをしていたら

やっぱり猿どもが
現れて かついで 
川を渡って行った

「さ~るの おケツは濡らすども
地蔵のおケツは 濡らすでねーど
よいやさ よいやさ~」





爺さん 必死で 
笑いをこらえて
いたけど

とうとうガマンできなくなって

笑い出して しまった・・・









 


福岡より フォーク・デユオ 「ハル」


今から 20年以上も前
サンパウロで 知り合い
以来の お付き合いです

興徳寺を
実家と思ってくれている
貴重な友人










前もってお願いし
皆で一緒に 歌を

曲は
「仰げば尊し」

それぞれの胸に残る
卒業式を・・・








ちょっとシンミリした後に 打って変わって 曲は 「ラ・バンバ」
会場は 一気にはじけて 大盛り上がり!






この のせ方、

さすが プロ!







これをもって 今年の「花まつり」 すべて終了です。




スタッフの 皆様、 本当に おつかれさま。 そして ありがとうございました。




夕刻には 富士山も くっきりと 顔を出してくれました。




スタッフ全員が お天気のことを心配し、 そして 祈ってくれました。

晴天のお計らいをいただけた、ということは 
まさに その 思いが 強いパワーとなって届いた、ということ。 
感謝!です。 

そして・・・ すばらしき仲間と 喜びを共有できたことに・・・
感謝!です。


(今回の写真は ミキオちゃんこと 高瀬幹雄さんと 富士市のアマチュア写真家 加藤年一さんに 提供していただきました)


   


Posted by kotokuji at 21:46Comments(0)

2013年04月03日

落花盛ん

前回のブログをUPした後 お葬式が続き やっと一息つけたところで 今年の桜が終わっていました。
(おまけにパソコンが 不調で ブログ更新が さらに遅れてしまいました)

興徳寺は 『富士宮市桜の名所』に指定されていて 週2回 観光協会から 「開花状況は?」と 電話で 問い合わせがあります。

「蕾固し」という状態から 「開花」「三分咲き」「五分咲き」「満開」と続くわけですが・・・ 

今年は「五分咲きです」と伝えた後、お葬式続きで 電話に出られなかったのか 「満開」を伝える時もなく 散り始めてしまいました。


  (葉っぱが 混じっています)

3日ほど前に 電話があったので 「あの~ もう散り始めてるんです・・」 と 答えると、 
「そうしますと・・・ 満開はいつだったんでしょうか~?」と・・・   
いつが 満開だったのか? 庭に出ることも あまりなかったような毎日で ほとんど曇り空で 富士山も見えず、 何よりも何よりも、桜の花の咲き方が とっても変! 

昨年より2週間も早く、パラパラと咲き始め 花の数も極端に少なく 「いつ咲きそろうんだろう?」と思っているうちに 葉っぱが 出始めてしまったのです。 興徳寺に限らず このあたりの桜は みなそんな感じでした。

マイクロバスなどを仕立てて 遠くから来てくださった方々には 気の毒なことでした。


         (曇り空の 合間から 富士山がやっと顔を出してくれた)













 ふと思いついて 
   「夜桜」 を撮ってみました。







そして 昨日から 本日にかけては ・・・ 雨!







これで 今年の 桜も オシマイです。














  



  


  

  「落花盛ん」・・・




















・・・というわけで 「桜と富士山」の写真も、 今年は ほとんど 撮れませんでした。 

これは最初の頃の 1枚。




気になるのは いよいよ 4日後に迫った 「花まつり」
「桜まつり」ではないので 桜がなくったって それはそれで・・・

でも天気予報が 雨マーク。

  来てくださった方々に 喜んでいただけるよう 精一杯 勤めたい、と思います。 
 
皆様 どうぞ お出かけください。  


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