2012年02月28日

現代竹トンボ事情

久しぶりの ブログ更新になってしまいました。

お葬式が お檀家さんと、 親しい知人と たて続けにあって・・・ 
「お彼岸」と 「花まつり」の準備と、 『興徳寺便り』の編集~発送等々・・・





前回紹介した タカシちゃんが 次々と 竹とんぼ の新作を発表しています。 
要するに 新しいものができると、
自慢げに 持って来るのですが・・・ でも これが なかなかに スゴイ!




 二枚羽・・・ 
 かなり 高度な製作テクニックだと思います。













 これは ひもで 引くタイプ
 頭の部分だけが 飛んでいきます。
 これまた かなり高度な技術で・・・







もう タカシちゃんに 「日本一の 竹トンボ名人」 の称号を与えてもいいのでは?・・・・ と 思ったのですが、
考えてみれば 竹トンボ作る人を タカシちゃんしか知らないわけで、 そんな簡単に 日本一 などと言えるわけもない、と思いなおして 密かに調査を進めたところ・・・

埼玉県は 深谷市の 中嶋建設の社長さん、中嶋義明さん、
この方の 竹トンボが スゴイ!
さっそく 取り寄せてみました。





 20~30メートル飛んだ後 向きを変えて 戻ってくる、
 名づけて 「ブーメラン竹とんぼ」












 タカシちゃんの作品にもありますが
 羽の先端に 小さな鉛が 埋め込んである、
 「上級者用」
 握りの部分に滑り止めの 
 砂が 施されているのも 特徴のひとつ。















 これは ナント 紙製。













 「寄木細工」が施されている。
 ここまできたら 芸術品!









                 私の 竹とんぼ コレクション




暖かくなって・・・

山の作業も 始まりました。





今回は 崩れた沢の 土止め柵を 皆で・・・



  




   

  
 

















  完成!
  これで 一安心。
 
  


足場は 悪く、 丸太は 重たくて 大変な作業でしたが、
皆で 力を合わせ、 久しぶりに 気持ちのよい汗をかきました。








明後日より お彼岸の お経回りが 始まります。 
朝の7時に家を出て 帰りが18時頃、 それから 塔婆書き と ハードな毎日です。

3月18日は 「彼岸法要」
そして 4月1日が 「花まつり」
近くの方、 どうぞお出かけください。





  


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2012年02月21日

竹細工の名人

春の足音が 聴こえてきます・・・







小学校時代の同級生、タカシちゃんこと 佐野尊司君は ムカシから とっても器用な子でしたが、
竹細工の名人 として 地元では ちょっと知られた存在です。

作品を 少し 紹介します。

  

 












最初の てんとう虫は 大きさ約1cm、次のクワガタは 5cmです。 
材料の選定から始まって 使う工具も 手作りと、何から何まで 一人で仕上げます。





この地域の 名産品 「ゆらりとんぼ」

絶妙のバランスで ゆらりゆらり と揺れています。

名人と呼ばれる方も 何人かおりますが、 

タカシちゃんの作は 一味違う・・・


そして 彼が今 凝っているのが 「竹とんぼ」



それはそれは よく飛びます。

二人で 飛ばしっこするのですが・・・





「オレの方が 飛ぶな~・・・」 
「イヤ 俺だな~!」
と 譲りません、











これが 噂の タカシちゃん、 ジャン!



今年 8月の「川施餓鬼」のイベントまで 子どもたちのために 100本の竹とんぼを用意して プレゼントするのだそう・・・
子どもたちの 人気NO.1 です。






口ベタだけど 尊敬される・・・   そういう人に 私も ずっと 憧れてきました。










  


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2012年02月16日

今年も お寺文庫

寒い日が続いていますが・・・

庭に 出てみれば 
 
  

そこここに 春の気配が・・・



 
 











100日間の 「大荒行」という修行に行っておられた 師匠 金森了脩上人(かなもり りょうしゅう しょうにん)も無事 成満(じょうまん=修行を終了すること)され 2月12日が 帰山式(お寺に帰ってこられること)でした。

 






 


















   
 金森上人にとっては これが 3回目ですが、前回にも増して 「きつかった」そう・・・ さすがに痩せられましたが 目元は涼しげで、優しい光りを湛えておられました。 挨拶の中で 「何度も 被災地に足を運び 僧侶として もう一度 修行をやり直したい と思った」 と 淡々と ・・・  本当に ご苦労さまでした。


   先頭が 金森上人です。

そして 今日は 柚野小学校へ・・・

「寒行」で 家々を廻っていると 有志の方が 浄財を寄せてくれます。 最初の頃は それを 必要な備品の購入費用に充てていたのですが 余裕もできたので 昨年は 「東日本大震災」への義援金として 15万円、 そして 地元 柚野小学校の図書館に10万円を寄贈させていただきました。



今年も 小学校に10万円を・・・

           図書館に 「お寺文庫」というコーナーがあります。
 


  

「寒行」の最終日は 2月3日の 節分。 地元の子どもたちを招いて お寺で 「豆まき」を行います。 私は 今回 インフルエンザで 断念しましたが 70名の参加があったそう。 お寺と 子どもたちの 距離が近づいています。 

また 「寒行」の参加者も 20名~30名と 増えてきて 冬の夜空に響く 太鼓の音と 「南無妙法蓮華経」のお題目が この地域の人々に自然に溶け込んできていることを とても嬉しく思います。 

三沢寺の住職夫人 犬浦信子さんの 句

・大寒の 法華太鼓(ほっけだいこ)の 潔(いさぎよ)し
・月光に 行衣(ぎょうえ)の白の さえざえと






僧侶に対する批判も よく耳にしますが 少なくとも この地域の若いお坊さんたちは 皆 それぞれが 与えられた使命に 真摯に取り組んでいます。  改めて 私は 恵まれているな~ と 思いました。






  


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2012年02月11日

木を伐る ということ

最近の 小学生は 「木を伐ることは 悪いこと」 と 言います。
アマゾンやインドネシアの 森林の乱開発によって 地球上の酸素が酸素が減少して、このままゆくと 私たちの生命を脅かす・・・というような教育を受けているからです。



人が自然と共存・持続するためには (自然に対して)適度に手を加えることが大切です。 

とくに 杉や檜といった 人工林は 畑に野菜を植えるのと同じように、 収穫を目的として 植えられたものなので、植える→育てる(下刈り・枝打ち・間伐)→伐る→植える・・・ といった作業を 50~60年周期で 行う必要があります。 

山を育てるために 豊かな自然を守るために 木を伐ることも 大切な仕事です。

今回、広葉樹に植え替えた裏山のうち、飲料水の水源地のあたりは 針葉樹をそのまま残してあります。 ここは じっくりと 杉・檜を育てるべく 今回 間伐を行いました。

(before)
50年前に植えられた 杉の林、 30年ほど前に すでに1回 間伐が行われていますが それで中は暗い、

 











(after)
山がすっかり明るくなり 内部まで 日が差し込むようになりました。

 












 


    これは興徳寺専用の水源地です。 ここで 湧き出た水を そのまま飲料水として 使っています。

こちらは 大きなモミの木、クリスマスツリーに使われる木ですが、 その裏側に隠れていた 立派なモミジの木を 救うべく、 これも今回 思い切って 切り倒しました。

       (before)                          (after)
                                



  
                                                              




                                                

                                              これが モミジの木
秋には 見事な紅葉が楽しめることでしょう。







人と自然が 調和すること、 里山に住む 私たちの目指すところです。   


Posted by kotokuji at 21:56Comments(0)

2012年02月07日

初体験

母と暮らしていて ここから先は入れない、という 未知の領域があります。

トイレ、お風呂場 etc.・・・ですが そういう場所のことよりも、この先 母の介護を考えるうえで どうしても避けて通れないのが、いわゆる 「下の世話」・・・

父の最期の頃は 私が すべてを行っていましたが、 潔癖な母は 果たして受け入れるだろうか? 
そんなことを 漠然と考えていました。




その日が 突然に 否応も無く やって来ました。
 
39℃を超える高熱で トロンとした母に 部屋を温かくし こまめに水分を補給しつつ 汗をかいたら 全部脱がせて 下着を替える、という作業を繰り返す・・・

母は けっこうオッパイの大きな人でしたが 数十年ぶりに再会し、 ドギマギしながらも 少し感動しました。 

紙オムツを交換し、熱いタオルで拭いて すかさず乾いたタオルで拭く・・・

 

ベッドは 数年前、特製のマットに合わせて大工に作ってもらったもので、 我ながら 気に入っていたのですが このときばかりは、介護ベッドが便利、と思いました。

おかゆを スプーンで口に運ぶ、水を呑ませる、 そのために 上半身を起こしたい、
でも 普通のベッドでは これが なかなか難しい。 

また下着の交換にも 手こずりました。  

左腕に裸の女を抱きかかえ 
お互いの顔をほぼ接触させて シャツを着せるのですが 
このポジションは かなり刺激的、 
知らない人が 飛び込んだら 「シッ、シツレイ~」 
なんて言うかな? 
などと笑ってしまいました。 



おかげさまで 当初は 背負って歩いていたのが、両手を支えてあげれば 歩けるようになり、
昨日はとうとう独自歩行へと、 今回の 大きなヤマ場を超えたのでした。

終わってみれば あっと言う間のできごとでしたが 私にとっては ウキウキと嬉しくも楽しい 4日間でした。 





熱も完全に下がったので 昨夜は 久しぶりにお風呂へ・・・

脱衣所で 服を脱がし、そのままの勢いで 私も浴室へ・・・ タオルにシャボンを泡立てて、背中~腕、オッパイまでは されるがままでしたが・・・ 下半身に移ったら、 膝をピタッと合わせて、開かない・・・ 
それもケッコウな力です。 





あ~ 恥じらいも 順調に戻ってきている・・・
私は 無言で タオルを母に渡しました・・









最初の頃、パンツ式のおむつを 寝たまま脱がせた際、 大便が母の足についてしまい、そこからシーツや布団カバーを汚してしまったことがあります。

その後始末をしている私に 母は「ありがとう」と 一言、 
実に優しい配慮だと思いました。 

「アンタにこんなことさせて 申し訳ない・・・」などと言われたら 困ってしまいます。







かくして 私の「初体験」は ハッピーな瞬間を積み重ね 
母の笑顔で 幕!

「初体験」 
それは 少しばかりの 不安 と ときめき・・・

でも、初めてのキス にも似て、
誰も教えてくれなくても 何とかなるものだと 
知りました。

母と私、
これからも ほどよいバランスで保たれていくことでしょう。










  


3日前の富士山、 昨日~今日は 雨。  富士山に雪が 降って 美しい雪化粧に 期待しています。











  


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2012年02月03日

インフルエンザA型

30日(月)の夜、 寒行から帰って 床についたものの 何か背中にヒヤヒヤした感じがあって、寝付けず・・・ 
もう一枚、布団をかければと思うのだけれど、その気力も出ず・・・
 布団に入って 一分で寝付く私に珍しい体験でしたが 思えばこれが 今回のシナリオのプロローグでした・・・

翌朝、母を ショートステイに送り出し、さあ仕事をするぞ! と 張り切ったものの、寝不足と寒気で 今ひとつヤル気が出ず、 午後になって 熱を測ったら 38,5度・・ すべてを諦めて 床についた。 

その翌日、友人が渋る私を車に乗せて 病院へ・・・
検査の結果 まさかの「インフルエンザA型です」 のご宣託。
子どもの頃 親しんだ ハッカパイプのような、プラスチック容器入りの 奇妙な薬を渡され 思い切り 吸い込む。 
不思議な薬の効果は 抜群で 翌日の 昼前には 平熱に落ち着いた。 

熱が あるといっても 8度5分、ただ延々と眠り続けただけで、 よくもまあ こんなに眠れるものだと 我ながら 呆れたくらい、 風邪で寝込んだのは 生まれて初めての体験で 「馬鹿は風邪を引かない」伝説に 水を差すことになったけど、これで普通の人の仲間入りかと、
まだまだ ノンキな 第一幕でした。

その後、件の友人から 「寒気が止まらず 病院へ行ったら インフルエンザA型だった・・・」という メールを受け取った時は さすがに 落ち込んだ・・・ 追い討ちをかけるように、母を預かってくれている施設から 電話があり 「芳枝さんが 8度5分の熱があるので 引き取って欲しい」 とのこと。 もうろうとした頭で これでもかという防寒対策をし、母を迎えて、緊急病院へ 走る・・・ 
何故だかよくわからないのだけど 横で 毛布に包まる 母親が やけに可愛かった・・・ 検査の結果は 「インフルエンザでは ない・・・」 
歩行は おぼつかなかったけど 食欲もあったし、この程度の原因不明の熱を出すことも ママあったので、少し安心もしてました。 

・・・ 帰宅して しばらくして・・・・ 21時半ごろに電話の音、 妻の 友人でした。
「ケンちゃん(私のこと)宇佐美さんが 死んだ・・ 今日、お通夜だったんだよ~ 何度も電話したのに~」 彼女は私の ケイタイは知らず、 私は 前日 電話の音を 夢の中で聞きながら 起き上がる気力がなかった・・・ 

宇佐美さんは 私の恩人、私が妻と結婚できたのも、この方のお蔭、 デザイナーで 何よりも人形劇団の代表として 全国的にも有名な方、いずれ書くこともあるかも知れない・・・ 

「3日間は安静に」 などという医師の言葉もぶっ飛んでしまった、衝撃の第二幕。 


今朝の 自分の顔を見て ギョッ!
セルフタイマーで 撮ってみました。


そして迎えた 今朝、 
母は7度2分と小康状態だったし、食欲もあったしで 
少し遅い朝食にしてもらい(昼が支度できないので)、
母をベッドに休ませ 部屋を温かくして 葬儀に赴いたのでした。 

葬儀~火葬場~埋骨と お供させていただき、
何の恩返しも出来なかった 自分を恥じつつ、
それでも 最期に お会いできて ヨカッタな~
と、帰宅したのが16時。 

母の顔色が 心なしか青い、
検温してみたら 38,5℃に 上がっていました。


病院では、 「インフルエンザA型です」 と ・・・ 


母は 足元がふらついて 歩けず、生まれて初めて 母を背負いました。 

妹たちにも 当分 来なくていいから、と告げ 
明後日に控えた 『興徳寺世話人会』 の準備と 母の看護に 全力を尽くします。 

「これも修行のうち・・・」 と つぶやいた 最終幕。



  今朝の富士山。 写真を撮るのも これで 精一杯

【エピローグ】
懺悔・告白いたします。 

宇佐美さんの葬儀に 出席したいと思ったのは まったく純なる心からで、 わが身の犠牲などと 比べられる性質のものではありません。 ですが 他者に対する思いやりが 足りなかった・・・  

母の世話に手間取り、 出発が30分間も遅れた・・・
気はせくも 病み上がりのボーッとした頭も あって いくつかの忘れ物をしました。
マスク・・・ 途中で気がついたけれど、 僧侶の席が用意されているのに遅れるわけにいかず、 その前に 導師ならびにご遺族に挨拶も・・・と あせりまくって、 開始ギリギリで 会場に滑り込んだのでした。 

・・・それからの数時間、私は 無防備なる参列者の中にありました。 正直言って インフルエンザの加害者であることを 忘れていました。

医師が告げた 私のインフルエンザ菌の 潜伏期間は 明日まで。  
本当に取り返しのつかないことをいたしました。 犯した罪に 慄きます。
そして これ以上 私を 頭とする 感染者が出ませんよう・・・ 真剣に祈るのみです。

まだまだ 修行が足りないのです。 


  


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