2014年01月23日

冬は必ず春となる

寒い日が続いています。
暦の上では 「大寒(だいかん)」に入り、今年も『寒行(かんぎょう)』が始まりました。



今から30年以上もムカシのことだと思いますが 私の父親と近郊のお坊さんたちが 「寒行」を行っていたそうです。
私が戻ったその年に それぞれのお寺の2代目たちで復活し、その時から参加させてもらっています。


最初はお坊さん4人で 自らの修行としてかなり長い距離を歩いておりましたが、だんだん一般の方の参加が増え、今では 毎回30人以上の方が 太鼓を叩き、大きな声で お題目(南無妙法蓮華経)を唱えながら、歩いています。




 まずは本堂で 
 皆で お経を読みます。
 











私たち僧侶の役目は まずは 事故を起こさないこと、そして太鼓の音を揃えること(これだけの数の太鼓がバラバラの音を出したら公害です)。



皆の気持ちがピタッと揃ったとき、自分の身体が大きな自然の中に溶け込んでひとつになる・・・
「あ~ これが 南無妙法蓮華経か」と 初めての『寒行』で震えるような感動を覚えました。

以来、今年で10年目、
参加される方々が それぞれの何かを感じていただけたら、と願っています。






母が 39度の熱、 息をするのも苦しげな様子、
5日前のことです。
足元もおぼつかないので 妹に手伝ってもらって 
病院に連れて行きました。 

当初疑ったインフルエンザの感染はありませんでしたが 
右肺半分に影、肺炎の疑いありとのことで 紹介状を持って 
市立病院へ。 


CT検査の結果、ナント 「横隔膜ヘルニア」 との診断。  
横隔膜に何らかの原因(もしくは生まれつき)で穴があき、腹部の臓器が胸の部分に脱出する病気、母の場合は 腸が右肺の半分まで押し上がっていました。 以前から呼吸が荒い、と感じていましたが これが原因だったとは・・・ 

また右肺に気管支炎があって これが 熱の原因のようでした。  






以来、自宅治療が続いています。

熱は下がりましたが、夜半の咳がひどく、食欲がありません。

それでも 気分を変えさせるため 食堂で一緒に食事をし
その後は 母が喜びそうな歌を たっぷりと・・

嬉しそうな顔で 手拍子を打ち、枯れてしまった声で歌ってくれる・・・ 

先天的に明るいのか、決して辛い顔を見せない、 

・・・本当に救われます。






「冬は必ず春となる」  日蓮聖人のお言葉の一節です。
 正しいことを信ずる人(この場合は法華経というお経を信ずる人)は 厳しい冬の季節を生きているようなものだけど、安心しなさい、冬は必ず春になります。 昔から聞いたことも見たこともありません、冬が秋に戻ったなんてことを・・・

この言葉がとっても好きです。
『寒行』の少しばかりの辛さも、寒風を切り裂いて バイクを走らせていることも、すべて 春の大きな喜びにつながります。




私と母の 春の日も もうすぐ。




* 一日でも結構です。 『寒行』に参加してみませんか?! 2月1日~3日は 興徳寺が スタートです。
  また 2月3日は 節分の豆まきです。 どなたでも参加は自由、お誘いあわせの上どうぞ!


  


Posted by kotokuji at 13:39Comments(0)

2014年01月14日

初心に戻る

毎年 1月10日は 一人で七面山に登ります。

今年一番の寒波襲来!との予報で しかも前夜が雨だったので 夏タイヤしか持たない私は 麓までたどり着けるかが まず心配でしたが、ともかく行ってみようと 朝4時半に出発しました。

いつになく慎重に運転をし 無事登山口へ、
真っ暗な道を 懐中電灯のあかりを頼りに歩を進めます。

七面山の登山道は 大変よく整備されていて 1丁(60間=109m)ごとに 石灯籠の標識が立っています。 
目的地である 『敬慎院』が50丁目です。、 
109m x 50丁=5,045m、 たった5kmしかないのか?と意外に思いますが ただただ登りの 5kmというのは かなりきついことで・・・
”まだ これしか来てないのかぁ~・・・”とイヤになってしまうので 標識もなるべく見ないようにしています。

26丁目をすぎたあたりから 雪道となり、アイゼン(鉄の爪)を装着して ハアハア言いながら登ってゆくと この立札!



「何度でも
初心に戻れる
七面山」



いつも思うのですが
まさに絶妙のタイミングで 現れる・・・


人は 苦しさを受け入れることによって
スナオに
初心に戻ることができるような気がします。

私の初心、
10年前に 僧侶になった
あの時の気持ち、

不安・希望・感動・・・

・・・忘れかけていました。


これが 標識です(33丁目)。




 



 
「登るほど
心澄みゆく
山道に」


”まさにまさに・・・”

と納得しながら・・・

雪道を 行く






47丁目の 『和光門』、 ここまで来れば 着いたようなもの。


雪の中の 『敬慎院』、 ”凛”として それでいて なんともやさしい 空気が 漂っています。 




マイナス13度でした。 
  
  
  




本堂で 「七面大明神」とお目もじをし 「僧侶の本分を全うさせてください」 と お願いしました。




「初心に戻る」  スナオな気持ちで 64歳をスタートします。   





  


Posted by kotokuji at 11:47Comments(0)

2014年01月07日

私のお正月

毎年のことですが 2日の『元旦会』 が終わると、すべての緊張が解かれて それはそれは楽な気分になって 「あぁ~ 正月だ~・・・」 とつぶやくのです。 その ホワ~ッとシアワセな気持ちを 『私のお正月』と題して書きたかったのですが・・・

                    アリソン と タクロウ


              

今年は オーストラリアの長男・拓朗夫婦が滞在していたので 2日の午後は 「白糸の滝」~「本栖湖」に案内し 結局のところ その後も ばたばたと予定を消化するだけで 気がつけば 正月もとっくに終わってしまいました。

拓朗たちが来たのは 29日、翌30日は 恒例の『餅つき』






   
この日 搗(つ)いたのは 35kg
拓朗も含めて 働き盛りの甥っこたちが交代で 計12臼、

「こんな重労働だとは思わなかった~」
 と 初体験の拓朗が・・・ 

私も 
最初と最後の2臼だけ 搗きました






「御供え」と 各家への 「のし餅」が 大半ですが
最大の楽しみは 搗きたてをその場で食すこと。

大福・いちご大福などに丸めたり・・・
ちぎって あんこ・きなこ・大根おろし・納豆・・・などと絡めます。




  

           総勢20名でした。



翌31日は 朝から 大掃除と片付けと 除夜の準備に追われ、 年越しそばを ソサクサと食べて 働き通し・・・
拓朗と嫁(アリソン)が 手伝ってくれて 大助かりでした。


23時半、 『年越しの唱題行』





ゆらめく 和ろうそくの灯のもと

静かに
 深く
  熱く 
 
   ホトケ様の中に溶ける・・・








      参加者と 新年を祝って コーヒーで 乾杯!  少し眠って 初日の出・・・

              輝かしき 平成26年の始まり




元日は 例年になく年始の客も多く、 その合間には 翌日の準備。

1月2日は 興徳寺の 『元旦会』

法要の後の法話といっても お正月ですから とにかく 笑っていただくことが肝心、

アゴゴというリズム楽器に 団扇太鼓を組み合わせ チンドン屋のリズム、 母を相手に稽古をつんだ その成果を披露しました。





 
まずは ご存知、「お富さん」から・・・

「さ~ 一緒に歌いましょう! 
知らない方は 手拍子を~」










『お富さん』から『東京音頭』と進んでいって・・・










最後に 『一心欲見佛(いっしんよくけんぶつ; 一心に佛を見たてまつらんと欲して・・・)』 に 結論を導くところが お正月。








法要の後の楽しみは 「甘酒」 と「お汁粉」







3日は 東京から友人家族が来てくれて、そして 4日に 拓郎たちが帰った・・・




おばあちゃんと一緒の写真を写せる日が また来るだろうか?

これは母方のじいちゃん・ばあちゃん


          
そして 1昨日は 仲間たちが 私の誕生祝いを・・・ 83歳の現役アコーディオン弾きの伴奏で 皆で歌う、という楽しい企画でありました。



昨日は 東京で 法事、
 今日は 溜まりに溜まった 片付けを・・・

               本栖湖からの富士山


 新しき年の始まり、
 すべてに感謝して しっかりと精進して参ります。









  


Posted by kotokuji at 21:13Comments(0)