2011年03月28日
明日 出発します。
もうじき 4月だというのに 寒い日が続いています。
被災地の方々は ここよりずっと寒さも厳しい地にあって 暖房設備もない部屋で 毛布一枚で寒さに耐えている・・・ 本当に言葉もありません。
東北の人たちの 忍耐強さ 慎み深さ たくましさ、 そして 潔さなど・・・ 学ばされる事、 感動させられることが いっぱいです。

早いもので あれから3週間を数えようとしています。 復興への歩みも 少しづつ進んでいるようですが、 「まだまだ 地域によって あるいは 置かれている状況によって 支援の行き届いていないところも多い」 と 師 金森上人の話。 因みに 師は 前回 積みきれなかった支援物資を積んで 3回目の旅に出ました(今夜、戻る予定)。
月1回の母のショートステイが 明日より3日間、
私にもやっと 機会が廻ってきた という感じで 彼の地に 行ってみることにしました。
相棒の ミキオちゃんと むすめさんと 私の3人、 宮城県の東松島町の ある避難所です。
すでに 金森上人を通して 連絡をつけてもらい、 今 一番必要な物資が 「下着」 だということで、 本日 ミキオちゃんと一緒に 富士宮市と富士市の 大型衣料品店(?、何か別の言い方がありそうだけど 出てこない・・・) に行って 買い付けをしてきました。
男性用・女性用・子供用と 計1500点以上を購入し、その他我々の3日間の食料や寝袋、帰りの燃料などを積み込むと、 ミキオちゃんの大型ワゴンも もう何の隙間もありません。
本格的な要請もしていないのに 友人・知人から 物品・金銭で たくさんの協力をいただき ただただ感謝。

明朝 4時、 出発。 元気で 行ってきます。
被災地の方々は ここよりずっと寒さも厳しい地にあって 暖房設備もない部屋で 毛布一枚で寒さに耐えている・・・ 本当に言葉もありません。
東北の人たちの 忍耐強さ 慎み深さ たくましさ、 そして 潔さなど・・・ 学ばされる事、 感動させられることが いっぱいです。


早いもので あれから3週間を数えようとしています。 復興への歩みも 少しづつ進んでいるようですが、 「まだまだ 地域によって あるいは 置かれている状況によって 支援の行き届いていないところも多い」 と 師 金森上人の話。 因みに 師は 前回 積みきれなかった支援物資を積んで 3回目の旅に出ました(今夜、戻る予定)。
月1回の母のショートステイが 明日より3日間、
私にもやっと 機会が廻ってきた という感じで 彼の地に 行ってみることにしました。
相棒の ミキオちゃんと むすめさんと 私の3人、 宮城県の東松島町の ある避難所です。
すでに 金森上人を通して 連絡をつけてもらい、 今 一番必要な物資が 「下着」 だということで、 本日 ミキオちゃんと一緒に 富士宮市と富士市の 大型衣料品店(?、何か別の言い方がありそうだけど 出てこない・・・) に行って 買い付けをしてきました。
男性用・女性用・子供用と 計1500点以上を購入し、その他我々の3日間の食料や寝袋、帰りの燃料などを積み込むと、 ミキオちゃんの大型ワゴンも もう何の隙間もありません。
本格的な要請もしていないのに 友人・知人から 物品・金銭で たくさんの協力をいただき ただただ感謝。

明朝 4時、 出発。 元気で 行ってきます。
Posted by kotokuji at
20:45
│Comments(0)
2011年03月24日
蕾ほころぶ
東日本大震災の 死者・行方不明者の合計が 2万5千人を超えました。
石巻市に住む 友人の 伯母さん。 若い頃、静岡から 彼の地に移り、海岸沿いの一戸建てに一人で暮らしていました。 報道された画像から見て 家が流出したことは 間違いないようですが、 いまだに連絡がとれず。 85歳、認知症 要介護1。 行方不明者の 数字に この方が含まれているのかさえ 不明、 こういうケースが 他にも いっぱいあるのでは と思います。
さて、このところ 天候不順で もうじき4月だというのに とっても寒く、今も部屋の中で 厚手のジャンパーを着ています。
被災された方々のこと、先の見えない 原発事故のこと、気が重くなるばかり・・・
そんな中でも 桜のつぼみが チラホラと ほころんで 木 全体が 濃いピンク色に染まってきました。

興徳寺の桜は 富士宮市の 「桜の名所」にも指定されていて 3日に一度、市の観光協会から 開花状況の問い合わせの 電話が入ります。
桜便り 興徳寺の開花状況 ; 「蕾ほころぶ」
この時期の桜は どこか けなげで それでいて希望にあふれていて 胸がときめきます。
もうひとつ とっても 暖かくなる ニュース。
私の師匠 金森了脩上人(かなもりりょうしゅうしょうにん)が 震災直後の14日、救援物資を積み込んだトラックを自ら運転して 被災地に届けて来たのですが、 22日夜、今度は何と トラックや大型ワゴン車 計12台(その内の1台は 帰りの燃料を積んだタンクローリー)でキャラバンを組んで 現地に出発しました。

メンバーは 建築屋さん・解体屋さん・石材屋さん等々 いずれも屈強で 飾り気のない お兄さんたちで これまた とってもサワヤカ。

(メンバーの一部です)
交替で 夜通し走って 無事 援助物資を お渡しし、そのまま 富士宮に トンボ帰り、という ハードスケジュール。
見送りに行った我々にも 久々に 嬉しい思いを与えてもらいました。
なお、金森上人は 皆と別れて もっとも救援の手が遅れているといわれる 牡鹿半島まで、足を延ばし、支援物資を届けられました。 (金森上人です)

我が師ながら 感動 ・ 感服!
こういう お坊さんが いるということを 知って欲しい。

興徳寺の桜は 下から順番に咲いていきます。
石巻市に住む 友人の 伯母さん。 若い頃、静岡から 彼の地に移り、海岸沿いの一戸建てに一人で暮らしていました。 報道された画像から見て 家が流出したことは 間違いないようですが、 いまだに連絡がとれず。 85歳、認知症 要介護1。 行方不明者の 数字に この方が含まれているのかさえ 不明、 こういうケースが 他にも いっぱいあるのでは と思います。
さて、このところ 天候不順で もうじき4月だというのに とっても寒く、今も部屋の中で 厚手のジャンパーを着ています。
被災された方々のこと、先の見えない 原発事故のこと、気が重くなるばかり・・・
そんな中でも 桜のつぼみが チラホラと ほころんで 木 全体が 濃いピンク色に染まってきました。

興徳寺の桜は 富士宮市の 「桜の名所」にも指定されていて 3日に一度、市の観光協会から 開花状況の問い合わせの 電話が入ります。
桜便り 興徳寺の開花状況 ; 「蕾ほころぶ」
この時期の桜は どこか けなげで それでいて希望にあふれていて 胸がときめきます。
もうひとつ とっても 暖かくなる ニュース。
私の師匠 金森了脩上人(かなもりりょうしゅうしょうにん)が 震災直後の14日、救援物資を積み込んだトラックを自ら運転して 被災地に届けて来たのですが、 22日夜、今度は何と トラックや大型ワゴン車 計12台(その内の1台は 帰りの燃料を積んだタンクローリー)でキャラバンを組んで 現地に出発しました。




メンバーは 建築屋さん・解体屋さん・石材屋さん等々 いずれも屈強で 飾り気のない お兄さんたちで これまた とってもサワヤカ。

(メンバーの一部です)
交替で 夜通し走って 無事 援助物資を お渡しし、そのまま 富士宮に トンボ帰り、という ハードスケジュール。
見送りに行った我々にも 久々に 嬉しい思いを与えてもらいました。
なお、金森上人は 皆と別れて もっとも救援の手が遅れているといわれる 牡鹿半島まで、足を延ばし、支援物資を届けられました。 (金森上人です)

我が師ながら 感動 ・ 感服!
こういう お坊さんが いるということを 知って欲しい。

興徳寺の桜は 下から順番に咲いていきます。
Posted by kotokuji at
19:54
│Comments(0)
2011年03月21日
うろうろ
昨日(20日)は 興徳寺の 「彼岸会」でした。


法要の中で 「東北地方太平洋沖地震」 で亡くなられた数多(あまた)の精霊に 卒塔婆を建てて 回向供養し
併せて 被災し 親族・友人・知人を失い 家屋・財産を失い 傷つき 今なお 寒さと飢えに苦しむ 同胞に 暖かき一条の希望の光りが 差し込まれるよう、祈願し、
私たち一人ひとりが できる限りの努力をすることを 誓願いたしました。

法話では 次のようなことを話しました。
今日本中が 試練のときに立たされています。
私たち一人ひとりが 今できることは何か? を考えてみたいと思います。
義捐金を送る、必要とされている物資を送る、その送っている人のお手伝いをする
節電に努める、食べ物を大切にする、不必要な買いだめはしない、
そして 今 この地において 隣人・仲間のために尽くすこと、感謝すること、許すこと・・・
その小さな善意と連帯の輪が 日本中を覆った時 初めて この国は 救われるのだと思います。
さて 今日は 「お彼岸」です。
彼岸 とは ほとけさまの世界。
ほとけさまの世界には 不安や迷いがない
私たちの世界は 不安がある・迷いがある

この 迷いのことを ひとことで 漏(ろ)といいます
迷いが ないことを 無漏(むろ)
あることが有漏(うろ)、
だから 迷っている人を ウロウロしている というんです。
ところで 皆さんは あの地震が起きた瞬間 どうしましたか?
びっくりして ウロウロ?
私の母は 地震があったことを知りません、 「アタシんとこには 来なかったヨ」と・・
シアワセですね
母には 悩みがない 不安がない 欲がない・・・
だから うろうろしない (ヨタヨタ? はしますが・・・)
もう ほとんど ほとけさまの世界 です。
85歳、認知症、要介護1のおばあさんが いつもニコニコと 他人を癒してくれます。

先のことを考えすぎて 不安に思わないこと。
いくら心配したって しょうがないのです。
ダイジョウブ! と思うことです。
なぜなら 私には ほとけさまが ついていてくれるから
だから 今までも ダイジョウブだったし これからも ダイジョウブ!
それを 信ずる心、それを信心 といいます。
信仰 をもつということ、 それは 停電の 真っ暗闇の 中で頼りとする 灯り、
あの懐中電灯を 持っている ということです。

体調不良 と 地震 と お葬式で お経廻り~「彼岸会」の準備(塔婆書き等)が 大幅に遅れ、そこへ 静岡市の叔父が亡くなって 昨日が通夜、本日 本葬儀 と とても忙しい思いをしました。
何となく 一段落です。


法要の中で 「東北地方太平洋沖地震」 で亡くなられた数多(あまた)の精霊に 卒塔婆を建てて 回向供養し
併せて 被災し 親族・友人・知人を失い 家屋・財産を失い 傷つき 今なお 寒さと飢えに苦しむ 同胞に 暖かき一条の希望の光りが 差し込まれるよう、祈願し、
私たち一人ひとりが できる限りの努力をすることを 誓願いたしました。


法話では 次のようなことを話しました。
今日本中が 試練のときに立たされています。
私たち一人ひとりが 今できることは何か? を考えてみたいと思います。
義捐金を送る、必要とされている物資を送る、その送っている人のお手伝いをする
節電に努める、食べ物を大切にする、不必要な買いだめはしない、
そして 今 この地において 隣人・仲間のために尽くすこと、感謝すること、許すこと・・・
その小さな善意と連帯の輪が 日本中を覆った時 初めて この国は 救われるのだと思います。
さて 今日は 「お彼岸」です。
彼岸 とは ほとけさまの世界。
ほとけさまの世界には 不安や迷いがない
私たちの世界は 不安がある・迷いがある

この 迷いのことを ひとことで 漏(ろ)といいます
迷いが ないことを 無漏(むろ)
あることが有漏(うろ)、
だから 迷っている人を ウロウロしている というんです。
ところで 皆さんは あの地震が起きた瞬間 どうしましたか?
びっくりして ウロウロ?
私の母は 地震があったことを知りません、 「アタシんとこには 来なかったヨ」と・・
シアワセですね
母には 悩みがない 不安がない 欲がない・・・
だから うろうろしない (ヨタヨタ? はしますが・・・)
もう ほとんど ほとけさまの世界 です。
85歳、認知症、要介護1のおばあさんが いつもニコニコと 他人を癒してくれます。

先のことを考えすぎて 不安に思わないこと。
いくら心配したって しょうがないのです。
ダイジョウブ! と思うことです。
なぜなら 私には ほとけさまが ついていてくれるから
だから 今までも ダイジョウブだったし これからも ダイジョウブ!
それを 信ずる心、それを信心 といいます。
信仰 をもつということ、 それは 停電の 真っ暗闇の 中で頼りとする 灯り、
あの懐中電灯を 持っている ということです。

体調不良 と 地震 と お葬式で お経廻り~「彼岸会」の準備(塔婆書き等)が 大幅に遅れ、そこへ 静岡市の叔父が亡くなって 昨日が通夜、本日 本葬儀 と とても忙しい思いをしました。
何となく 一段落です。
Posted by kotokuji at
21:52
│Comments(0)
2011年03月16日
静岡東部地震
昨夜(15日)10時半、我が富士宮市を震源地とする 地震が発生。
私自身は ちょうど寝たばかりの熟睡中だったか 皆が言う ドシン! というような衝撃は、覚えていません。 かなり強い横揺れが 長く続きましたが 先日の 東北大震災のときと同じように 頭から 布団をかぶって 揺れるに任せていました。
・・・基本的に反射神経が鈍いのか、外に飛び出るような発想は まったくなかったです。 寝ている部屋には 家具は何もなく、建物も 平屋なので 崩壊しても多分 布団のクッションで 圧死(?)するようなこともないだろうと・・・ もっとも これも 後から思ったことですが・・・
物が落ちる音がしたり 余震もかなり続きましたが じっと布団の中でガマンして、 やっと収まってから TVを点けてみたら ナント ここが震源地で 震度6 だった・・・

朝になって 真っ先に富士山をみたら いつもと同じ 美しい顔・・ ホッとしました。
思ったとおり 母は 地震があったことすら知らない・・・
シアワセですね・・・
富士宮市内では 場所によって 屋根瓦が落ちたり 家具が倒れたり と 状況はさまざまです。
市役所も 天井が落ちたそうです。
興徳寺のあたり(柚野地区)では ほとんど被害はありませんでした。
因みに 興徳寺は 本堂位牌堂の 位牌が かなりの数 倒れたものの、 目だった被害はそれだけでした。
国内外の多くの友人たちから メールをいただきました。
ご心配をおかけしましたが まったく元気です。 ご安心ください。
―――― 1昨日、 「花まつり」実行委員会を中心とした お芝居の稽古日。
皆に 今回の 「まつり」を中止したい旨を伝え 了解を得ました。
どちらかというと 皆も ホッとした様子、
同じ気持ちなんだナ と 改めて 嬉しかったです。
今年は 合併後初めてのイベントとして 富士宮市観光協会 もバックアップしてくれていたし、 私自身も張り切って 準備を進めていたので 少々残念ではありますが また来年 ガンバロウ と思います。
そんな訳で 楽しみに待っていてくださった 皆様には この場をお借りして お詫び方々、ご報告、とさせていただきます。
*イベント用に用意していた予算は そのまま 義捐金に充てます。

なお、「花まつり」 の法要は 予定通り、4月3日、14時より行います。
お釈迦様の お誕生を祝い、 仏縁に感謝し、 満開の桜をお楽しみいただけたら、と思います。
一人でも 多くの方の ご参詣を お待ち申し上げます。
私自身は ちょうど寝たばかりの熟睡中だったか 皆が言う ドシン! というような衝撃は、覚えていません。 かなり強い横揺れが 長く続きましたが 先日の 東北大震災のときと同じように 頭から 布団をかぶって 揺れるに任せていました。
・・・基本的に反射神経が鈍いのか、外に飛び出るような発想は まったくなかったです。 寝ている部屋には 家具は何もなく、建物も 平屋なので 崩壊しても多分 布団のクッションで 圧死(?)するようなこともないだろうと・・・ もっとも これも 後から思ったことですが・・・
物が落ちる音がしたり 余震もかなり続きましたが じっと布団の中でガマンして、 やっと収まってから TVを点けてみたら ナント ここが震源地で 震度6 だった・・・

朝になって 真っ先に富士山をみたら いつもと同じ 美しい顔・・ ホッとしました。
思ったとおり 母は 地震があったことすら知らない・・・
シアワセですね・・・
富士宮市内では 場所によって 屋根瓦が落ちたり 家具が倒れたり と 状況はさまざまです。
市役所も 天井が落ちたそうです。
興徳寺のあたり(柚野地区)では ほとんど被害はありませんでした。
因みに 興徳寺は 本堂位牌堂の 位牌が かなりの数 倒れたものの、 目だった被害はそれだけでした。
国内外の多くの友人たちから メールをいただきました。
ご心配をおかけしましたが まったく元気です。 ご安心ください。
―――― 1昨日、 「花まつり」実行委員会を中心とした お芝居の稽古日。
皆に 今回の 「まつり」を中止したい旨を伝え 了解を得ました。
どちらかというと 皆も ホッとした様子、
同じ気持ちなんだナ と 改めて 嬉しかったです。
今年は 合併後初めてのイベントとして 富士宮市観光協会 もバックアップしてくれていたし、 私自身も張り切って 準備を進めていたので 少々残念ではありますが また来年 ガンバロウ と思います。
そんな訳で 楽しみに待っていてくださった 皆様には この場をお借りして お詫び方々、ご報告、とさせていただきます。
*イベント用に用意していた予算は そのまま 義捐金に充てます。

なお、「花まつり」 の法要は 予定通り、4月3日、14時より行います。
お釈迦様の お誕生を祝い、 仏縁に感謝し、 満開の桜をお楽しみいただけたら、と思います。
一人でも 多くの方の ご参詣を お待ち申し上げます。
Posted by kotokuji at
21:02
│Comments(0)
2011年03月13日
地震
改めて 今回の地震の規模の スサマジサを思います。
朝の本堂で 亡くなられた方への ご回向と 今なお 寒さの中 救援の手を待つ方々に 一刻も早い救助を、 そして 家族や 家を失った方々へ いくらかでも希望の光りを と 真剣に祈り続けます。
もちろん 義捐金もさせていただきます。
本当は すぐにでも飛んで行って 何らかのお手伝いをさせていただきたい、と思うのです。
今の私に 何ができるか?
日本中の 一人一人が 真剣に考えるべき時、 そんな試練が与えられているのだと考えます。
節電はもとより、 時間停電も受けたらイイ、 電飾や 24時間営業のストアなども 営業時間を自粛したらいいと思います。 原点に返って 本当に24時間体制が必要なのかを 考え直す いい機会ではないでしょうか?
―――― 地震が起きた時、 実は 寝ていました。
朝 起きたら いきなり 吐気と下痢、 何とか 本堂でのお勤めは 終えたものの まったく普通ではなく、 たまたま非番だった看護婦の妹に来てもらい 「とりあえず 2~3時間 寝るから・・・」 と言って それっきり・・・
強い 横揺れを感じたのですが ゆらゆらと揺れながら 「突き上げるようなショックがないから 遠くの地震かな~、 布団の中が安心かな~」 などと そのまま夢の中・・・
停電の中、妹が 枕元に懐中電灯を置いていってくれたけど やっと起き上がったのは、11時。 停電は続いているし 何もする気にもなれず(停電が復帰したのは2時半だった) 結局 作朝 初めて 事の重大さを知った 次第・・・
食欲もないのだけれど おかゆを作ってもらい 本日は 少しばかりの 本調子です。
ところが ところが 本日昼 母が 突然の嘔吐、 妹の判断は ノロウイルスです。
感染していた私が 調理したものを食べて 母が感染したとしたら まったく気の毒なことではあったけど、 とりあえず 母の方は 絶食としてもらい 様子を見ます。 でも それなら 私は どこから感染したの?
一日分の遅れを取り戻すべく 作朝 お経廻りに出発したら 檀家さんの訃報が入って Uターン、 昨日1日は 葬儀の準備に追われ 本日、通夜。 今 戻ってきたところです。
明日の葬儀が終了したら 遅れている お経廻りと 塔婆書きを スパートさせます。
元気印の私が このところ 不調続きで 「そんなこともあるんだな~」 などと 周りに 妙な安心感や親しみ を与えているみたいで これは 意外な発見でした。
でも 今日の 通夜法要 リハを重ねた割に 話がまとまらなかったな~と・・・
気迫と集中力が イマイチ みたいです。

作朝、 富士川河口より~
* 正座をする機会が減って 膝が グンと楽になりました。
「ナ~ンダ 正座しなきゃいいのか~」 と言えないところが 私への試練ですネ。
朝の本堂で 亡くなられた方への ご回向と 今なお 寒さの中 救援の手を待つ方々に 一刻も早い救助を、 そして 家族や 家を失った方々へ いくらかでも希望の光りを と 真剣に祈り続けます。
もちろん 義捐金もさせていただきます。
本当は すぐにでも飛んで行って 何らかのお手伝いをさせていただきたい、と思うのです。
今の私に 何ができるか?
日本中の 一人一人が 真剣に考えるべき時、 そんな試練が与えられているのだと考えます。
節電はもとより、 時間停電も受けたらイイ、 電飾や 24時間営業のストアなども 営業時間を自粛したらいいと思います。 原点に返って 本当に24時間体制が必要なのかを 考え直す いい機会ではないでしょうか?
―――― 地震が起きた時、 実は 寝ていました。
朝 起きたら いきなり 吐気と下痢、 何とか 本堂でのお勤めは 終えたものの まったく普通ではなく、 たまたま非番だった看護婦の妹に来てもらい 「とりあえず 2~3時間 寝るから・・・」 と言って それっきり・・・
強い 横揺れを感じたのですが ゆらゆらと揺れながら 「突き上げるようなショックがないから 遠くの地震かな~、 布団の中が安心かな~」 などと そのまま夢の中・・・
停電の中、妹が 枕元に懐中電灯を置いていってくれたけど やっと起き上がったのは、11時。 停電は続いているし 何もする気にもなれず(停電が復帰したのは2時半だった) 結局 作朝 初めて 事の重大さを知った 次第・・・
食欲もないのだけれど おかゆを作ってもらい 本日は 少しばかりの 本調子です。
ところが ところが 本日昼 母が 突然の嘔吐、 妹の判断は ノロウイルスです。
感染していた私が 調理したものを食べて 母が感染したとしたら まったく気の毒なことではあったけど、 とりあえず 母の方は 絶食としてもらい 様子を見ます。 でも それなら 私は どこから感染したの?
一日分の遅れを取り戻すべく 作朝 お経廻りに出発したら 檀家さんの訃報が入って Uターン、 昨日1日は 葬儀の準備に追われ 本日、通夜。 今 戻ってきたところです。
明日の葬儀が終了したら 遅れている お経廻りと 塔婆書きを スパートさせます。
元気印の私が このところ 不調続きで 「そんなこともあるんだな~」 などと 周りに 妙な安心感や親しみ を与えているみたいで これは 意外な発見でした。
でも 今日の 通夜法要 リハを重ねた割に 話がまとまらなかったな~と・・・
気迫と集中力が イマイチ みたいです。

作朝、 富士川河口より~
* 正座をする機会が減って 膝が グンと楽になりました。
「ナ~ンダ 正座しなきゃいいのか~」 と言えないところが 私への試練ですネ。
Posted by kotokuji at
22:23
│Comments(0)
2011年03月10日
今年の「花まつり」
寒い日が 続いています。
今朝も 本堂は 1℃ 。 それでも 春は 確実は やってきているみたいです。

今年の 「花まつり」の実行委員会が 開かれました。
気のおけない仲間たちが ワイワイガヤガヤと とめどもない話に花が咲き、あらぬ方向に話が弾みます。
こういう時に 話をきちっと本題に戻してくれるのが ミキオちゃん、
「そろそろ どお?」 と やんわり・きびしく リードしてくれます。
以下、おおまかな プログラムです。
第4回 興徳寺花まつり 4月3日(日)
プログラム
14:00 ~ 法要 と 法話
15:00 ~ 「書のパフォーマンス」 書家・木村華鴨(かちょう)さんが 石段に敷いた長さ50mの紙に 一気に書き下ろします。 今年は 「菜の花畠に入日薄れ~ 朧月夜」だそう・・・
この長さは ひょっとして ギネス? 尺八の即興伴奏とともに、
書き終えたら キーボードのリードで、観客全員で この唱歌を 合唱しましょうと・・・
15:20 ~ 琴 と 尺八 の演奏を桜の木の下の特設ステージで。
15:40 ~ お芝居; 劇団「うふふ」 この日のために結成された劇団公演。
実行委員の最年少、原 郁美さんの構成による 日本昔話 「おむすびまてまて」
16:00 ~ The フォークダンス・タイム; ムカシ懐かしい オクラホマミクサ・コロプチカ・マイムマイム 等々を ムカシの若者と 今の若者が 広場で踊り狂うという 新企画! 初心者・未経験者への指導は、タイゼンが・・・?
16:20 ~ *フォークデユオ『ハル』のコンサート
17:00 ~ 「剣舞」;かがり火と桜のライトアップとともに・・・
その他
・売店は、富士宮焼きそば、焼き鳥、アマゴの塩焼き、鯛焼き、綿菓子、豚汁 等々
・野点(抹茶の無料サービス)
・日本酒、甘茶の無料サービス 等
今年は スタジャン(スタッフジャンパー)を準備することにしました。 色は 桜に合わせて ピンク、 私自身は それを着るのはちょっと恥ずかしい、という思いがありますが、メンバーに簡単に押し切られ、「ショッキング・ピンクを!」に対して「せめて淡いピンクで・・・」と言うのがやっとでした。
*フォークデュオ 『ハル』のこと
南米音楽をベースにした オリジナル曲で 福岡を中心に幅広い演奏活動を続けています。

私は、今から30年以上も前(1989)ブラジルに音楽の勉強に来ていた彼らと知り合いました。
1994年より 南米コンサートツアーで 毎年のように ブラジルを訪問してくれたので、コンサートのお世話をさせてもらったり、レコーデイングに立ち会ったり、飲みに行ったり、と ずっとお友達付き合いをさせてもらっています。
興徳寺に帰ってきた時、 「桜の木の下の特設ステージで ハルのコンサートを開きたいなあ~」と思っていたのですが、昨年 実現しました。
まさに 感無量!でした。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~HaruGoGo/HARU/Home.html
歌と 楽器演奏(ギター、ケーナという南米の笛、フルート、太鼓など) 軽妙なおしゃべり、と とっても楽しいステージです。
一人でも 多くの方に 見ていただきたく 心より ご案内申し上げます。

ブラジル・サンパウロ州政府の招聘により サンパウロ州立交響楽団と。
ブラジル日本移民100周年のブラジル側企画、日本人歌手としては 唯一、初めて

今朝の富士山。 このところ積雪があり、裾野まで 真っ白。
多くの方より 膝のことを心配していただき ありがとうございます。 正座用補助具を ほとんどばれないような 早業で(?)忍び込ませ 元気で 檀家さんを廻っています。 正常な時を100とすれば 今は70%くらいでしょうか? お彼岸が終わったら 検査に行ってみます。
それから 前回 お尋ねした 花の名前について 何人かから お返事をいただきました。
「馬酔木(あせび)」だそうです。 地元の方に確認しました。 改めて、 自分は本当に 花の名前を 知らない、 と思いました。 「すみれ」という花が 特定できたのが つい最近のことなのです。
これからは 少しでも多くの 花と木の名前を 覚えたいです。
今朝も 本堂は 1℃ 。 それでも 春は 確実は やってきているみたいです。

今年の 「花まつり」の実行委員会が 開かれました。
気のおけない仲間たちが ワイワイガヤガヤと とめどもない話に花が咲き、あらぬ方向に話が弾みます。
こういう時に 話をきちっと本題に戻してくれるのが ミキオちゃん、
「そろそろ どお?」 と やんわり・きびしく リードしてくれます。
以下、おおまかな プログラムです。
第4回 興徳寺花まつり 4月3日(日)
プログラム
14:00 ~ 法要 と 法話
15:00 ~ 「書のパフォーマンス」 書家・木村華鴨(かちょう)さんが 石段に敷いた長さ50mの紙に 一気に書き下ろします。 今年は 「菜の花畠に入日薄れ~ 朧月夜」だそう・・・
この長さは ひょっとして ギネス? 尺八の即興伴奏とともに、
書き終えたら キーボードのリードで、観客全員で この唱歌を 合唱しましょうと・・・
15:20 ~ 琴 と 尺八 の演奏を桜の木の下の特設ステージで。
15:40 ~ お芝居; 劇団「うふふ」 この日のために結成された劇団公演。
実行委員の最年少、原 郁美さんの構成による 日本昔話 「おむすびまてまて」
16:00 ~ The フォークダンス・タイム; ムカシ懐かしい オクラホマミクサ・コロプチカ・マイムマイム 等々を ムカシの若者と 今の若者が 広場で踊り狂うという 新企画! 初心者・未経験者への指導は、タイゼンが・・・?
16:20 ~ *フォークデユオ『ハル』のコンサート
17:00 ~ 「剣舞」;かがり火と桜のライトアップとともに・・・
その他
・売店は、富士宮焼きそば、焼き鳥、アマゴの塩焼き、鯛焼き、綿菓子、豚汁 等々
・野点(抹茶の無料サービス)
・日本酒、甘茶の無料サービス 等
今年は スタジャン(スタッフジャンパー)を準備することにしました。 色は 桜に合わせて ピンク、 私自身は それを着るのはちょっと恥ずかしい、という思いがありますが、メンバーに簡単に押し切られ、「ショッキング・ピンクを!」に対して「せめて淡いピンクで・・・」と言うのがやっとでした。
*フォークデュオ 『ハル』のこと
南米音楽をベースにした オリジナル曲で 福岡を中心に幅広い演奏活動を続けています。

私は、今から30年以上も前(1989)ブラジルに音楽の勉強に来ていた彼らと知り合いました。
1994年より 南米コンサートツアーで 毎年のように ブラジルを訪問してくれたので、コンサートのお世話をさせてもらったり、レコーデイングに立ち会ったり、飲みに行ったり、と ずっとお友達付き合いをさせてもらっています。
興徳寺に帰ってきた時、 「桜の木の下の特設ステージで ハルのコンサートを開きたいなあ~」と思っていたのですが、昨年 実現しました。
まさに 感無量!でした。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~HaruGoGo/HARU/Home.html
歌と 楽器演奏(ギター、ケーナという南米の笛、フルート、太鼓など) 軽妙なおしゃべり、と とっても楽しいステージです。
一人でも 多くの方に 見ていただきたく 心より ご案内申し上げます。

ブラジル・サンパウロ州政府の招聘により サンパウロ州立交響楽団と。
ブラジル日本移民100周年のブラジル側企画、日本人歌手としては 唯一、初めて

今朝の富士山。 このところ積雪があり、裾野まで 真っ白。
多くの方より 膝のことを心配していただき ありがとうございます。 正座用補助具を ほとんどばれないような 早業で(?)忍び込ませ 元気で 檀家さんを廻っています。 正常な時を100とすれば 今は70%くらいでしょうか? お彼岸が終わったら 検査に行ってみます。
それから 前回 お尋ねした 花の名前について 何人かから お返事をいただきました。
「馬酔木(あせび)」だそうです。 地元の方に確認しました。 改めて、 自分は本当に 花の名前を 知らない、 と思いました。 「すみれ」という花が 特定できたのが つい最近のことなのです。
これからは 少しでも多くの 花と木の名前を 覚えたいです。
Posted by kotokuji at
21:34
│Comments(0)
2011年03月06日
雑草という名の草はない
このところ 寒い日が続いています。
本堂の 寒暖計は 毎朝1~2度、 「獅子脅し」 の周りの フキノトウ も凍ってバリバリです。

さて 前々回のブログで 庭の小さな花の写真に ・・名前知らず・・ と載せたら、何名かの方から ご親切に 名前を教えていただきました。
「オオイヌノフグリ」 というのだそうです。 (大阪のエミイさん、ルリコマクサではありませんでした、茎の長さで5cmばかりの小さな花です)
それにしても・・・ それにしても ケッタイな名前じゃありませんか、 フグリ といったら アレですよ、 つまり 睾丸、 大きな犬のアレ?を よりによって この小さな花につけるなんて・・・
文献によると(?) この花の 実の形が そっくりなんだそうですが・・・
注意深く観察して 発見できたら また写真に収めて upします。
でも 今回は ちょっと感動しました。 今まで 気にもしなかった雑草に ちゃんと名前があって それに興味を持っている人が いっぱいいることを 知ったからです。
改めて 眺めてみれば なんとも可憐で 可愛い花です。

「雑草という名前の草はないヨ」 昭和天皇が当時の入江侍従長に 仰った言葉として、
小学生の頃 母から教えられたのですが、
突然 その言葉が 蘇りました。
どんな草にも 花にも 名前がある。
当り前といえば 当たり前ですが 改めて 感動! です。
これから 少しづつ名前を 覚えていこうと思います。

雑草では ありませんが これは何?
ご心配いただいておりますが 膝の調子は マアマア、
かばいながら 補助具の お世話になりながら 元気で お経廻り を続けています。

*「一口法話」 と 「住職のひとりごと」 更新されています。
本堂の 寒暖計は 毎朝1~2度、 「獅子脅し」 の周りの フキノトウ も凍ってバリバリです。

さて 前々回のブログで 庭の小さな花の写真に ・・名前知らず・・ と載せたら、何名かの方から ご親切に 名前を教えていただきました。
「オオイヌノフグリ」 というのだそうです。 (大阪のエミイさん、ルリコマクサではありませんでした、茎の長さで5cmばかりの小さな花です)
それにしても・・・ それにしても ケッタイな名前じゃありませんか、 フグリ といったら アレですよ、 つまり 睾丸、 大きな犬のアレ?を よりによって この小さな花につけるなんて・・・
文献によると(?) この花の 実の形が そっくりなんだそうですが・・・
注意深く観察して 発見できたら また写真に収めて upします。
でも 今回は ちょっと感動しました。 今まで 気にもしなかった雑草に ちゃんと名前があって それに興味を持っている人が いっぱいいることを 知ったからです。
改めて 眺めてみれば なんとも可憐で 可愛い花です。



「雑草という名前の草はないヨ」 昭和天皇が当時の入江侍従長に 仰った言葉として、
小学生の頃 母から教えられたのですが、
突然 その言葉が 蘇りました。
どんな草にも 花にも 名前がある。
当り前といえば 当たり前ですが 改めて 感動! です。
これから 少しづつ名前を 覚えていこうと思います。

雑草では ありませんが これは何?
ご心配いただいておりますが 膝の調子は マアマア、
かばいながら 補助具の お世話になりながら 元気で お経廻り を続けています。

*「一口法話」 と 「住職のひとりごと」 更新されています。
Posted by kotokuji at
21:00
│Comments(0)
2011年03月03日
春のお檀家さん廻り
1日から お彼岸の 「お経廻り開始」
初日は 終日雨でしたが メゲズに バイクで廻りました。
本日は 3日目ですが とっても寒い一日でした。
「三寒四温」 こうやって 本格的な 春を迎えるのですネ、

さて この時期は 朝7時に家を出て 夜6時ごろ帰宅、 夕食の片付けを終えたら 塔婆書き、
・・・1日、5本がノルマです。
それに加えて 書道教室の 展覧会が 今月18日より 富士宮市民文化会館で開催され その作品提出の締め切りが 迫っています(今週中)
さらにさらに 身の程知らずというか 何というか おだてられて 「毎日書道展」に 応募することを決め、その作品制作もあります。 ・・・天下の「毎日書道展」といえど 応募するだけは 誰でもできます。
TVなども ほとんど観ることもなく 世間で何が起こっているのかも よく解らないような 毎日ですが・・・
そんな中で 実は 「接骨医」に 通っているのです。
――― 10日ほど前、 右膝に痛みを感じ 正座が苦痛になってきて、 それでも ガマンして 座り続けていたら
、歩くにも ビッコを引くようになりました。
仲良しのお坊さんに紹介され 接骨医 を訪ねたところ、 膝が 炎症をおこして 水がたまっている状態、との診断、 電気~針~超音波 等の治療を毎日受けています(夜8時まで 開院しているので 何とか 通院できます)。
そのムカシ、19歳の時でしたが 現場実習で 大火傷を負い 4ケ月間入院したことがあります。 特にひどかったのが 右足で 太もも~足首まで を負傷して 3ケ月は ベッドから降りることもできませんでした。 ようやく許可がでて 立とうとしたら ナント、 足が負傷時のまま くの字に 固まってしまって 動かない、 医者もそのことにまったく注意を払っていなかったし 私も気にもしてなかったのです。
その後のリハビリで まっすぐにはなったのですが 深く曲げることができないままで また特に それで 困る事もなく 過ごしてしまいました。
正座は やはり 全体重をかけて曲げるわけですから 負担が大きかったのかな? とも思います。
エエカッコシィ の私は「正座ができなくなったら 坊さんを辞める」などと公言して、その時期を80歳くらいと想定していたのですが まさか61歳で こんなことになろうとは・・・
訂正します。
カッコワルクテモ イイ! 精一杯の努力をしながら 坊さんを続けます。

そんな訳で 正座用の 補助具を使ったり、 爪先立ちで支えたり と工夫しながら 何とか しのいでおります。

膝が痛くて 正座ができない おばあさんたちの気持ちも 解るようになりました。
新たな修行!
すべては 必然として 起こった と受け入れます。
初日は 終日雨でしたが メゲズに バイクで廻りました。
本日は 3日目ですが とっても寒い一日でした。
「三寒四温」 こうやって 本格的な 春を迎えるのですネ、

さて この時期は 朝7時に家を出て 夜6時ごろ帰宅、 夕食の片付けを終えたら 塔婆書き、
・・・1日、5本がノルマです。
それに加えて 書道教室の 展覧会が 今月18日より 富士宮市民文化会館で開催され その作品提出の締め切りが 迫っています(今週中)
さらにさらに 身の程知らずというか 何というか おだてられて 「毎日書道展」に 応募することを決め、その作品制作もあります。 ・・・天下の「毎日書道展」といえど 応募するだけは 誰でもできます。
TVなども ほとんど観ることもなく 世間で何が起こっているのかも よく解らないような 毎日ですが・・・
そんな中で 実は 「接骨医」に 通っているのです。
――― 10日ほど前、 右膝に痛みを感じ 正座が苦痛になってきて、 それでも ガマンして 座り続けていたら
、歩くにも ビッコを引くようになりました。
仲良しのお坊さんに紹介され 接骨医 を訪ねたところ、 膝が 炎症をおこして 水がたまっている状態、との診断、 電気~針~超音波 等の治療を毎日受けています(夜8時まで 開院しているので 何とか 通院できます)。
そのムカシ、19歳の時でしたが 現場実習で 大火傷を負い 4ケ月間入院したことがあります。 特にひどかったのが 右足で 太もも~足首まで を負傷して 3ケ月は ベッドから降りることもできませんでした。 ようやく許可がでて 立とうとしたら ナント、 足が負傷時のまま くの字に 固まってしまって 動かない、 医者もそのことにまったく注意を払っていなかったし 私も気にもしてなかったのです。
その後のリハビリで まっすぐにはなったのですが 深く曲げることができないままで また特に それで 困る事もなく 過ごしてしまいました。
正座は やはり 全体重をかけて曲げるわけですから 負担が大きかったのかな? とも思います。
エエカッコシィ の私は「正座ができなくなったら 坊さんを辞める」などと公言して、その時期を80歳くらいと想定していたのですが まさか61歳で こんなことになろうとは・・・
訂正します。
カッコワルクテモ イイ! 精一杯の努力をしながら 坊さんを続けます。

そんな訳で 正座用の 補助具を使ったり、 爪先立ちで支えたり と工夫しながら 何とか しのいでおります。

膝が痛くて 正座ができない おばあさんたちの気持ちも 解るようになりました。
新たな修行!
すべては 必然として 起こった と受け入れます。
Posted by kotokuji at
21:51
│Comments(0)