2014年10月24日
十年目の秋
檀家さんと 佐渡へのバス旅行に行ってきました。
佐渡は 日蓮聖人が 流罪となり 足掛け三年の間ご苦労された地、しかしながら、日蓮宗の御本尊となっている「大曼荼羅」を初めて認められ、また私たちの信仰の要となる 「開目抄」や「本尊抄」といった多くの重要な著述をなされた 聖地であります。
(私を含め 総勢26名です)

朝の5時に出発し、 12:35新潟港よりフェリーに乗り、15:05 予定通り 佐渡両津港に着きました。
日蓮聖人の銅像

高さ26m 重さ重さ100t
各地に存在する日蓮聖人像の中でも
もっとも大きなものだそうです。
平日の夕刻、
他には誰もいない空間で この像を見上げながら
全員で 気持ちよく お経をあげさせていただきました。
翌日、快晴! 標高 850mの 『白雲台』へ。 紅葉の真っ盛り、でした。

ここから お寺参詣。
事前にお願いをしておいた 「本興寺」様にて 、富田ご住職より 読経~法話をいただき
日蓮宗佐渡三本山のひとつ、 『妙照寺』 へ

茅葺きの本堂です。
「毎年、傷んだ茅を補修するのが 大変です」
と ご住職が・・・
ここでは 本堂に上がって お経をあげさせていただきました。

この日は 現地の 美人ガイドさんに乗り込んでもらいました。 一日目は 私メが努めたのですが さすがに プロは上手! 車内が 華やかさと和やかさ で包まれます。
『真野御陵』=順徳天皇火葬塚

順徳上皇は「承久の変」で 島流しとなり、
22年の在島の末、帰京の望みも絶え、
絶食のはてに1242年9月12日に46歳で崩御。

慶子(よしこ)女王; 佐渡で生まれた順徳天皇の第1皇女。
これは 『佐渡歴史伝説館』に展示されている コンピュータ制御の人形。
驚くほど精巧、なめらかな動きで セリフを語ります。
『妙宣寺』


日蓮聖人の弟子、阿仏房(あぶつぼう)を祀るお寺
阿仏房は 念仏宗の僧侶でしたが 日蓮聖人に
法論を挑んで敗れ 以後深く帰依し
妻、千日尼とともに 監視の目を盗んで
食料などを 届け、
佐渡での日蓮聖人を支えた方です。
『根本寺』

日連聖人が 最初に監禁された 「三昧堂」のあった所。


この後、『トキの森公園』で 「トキ」 を見学し、
ホテルへ・・・

翌日 再び フェリーに・・・


夜 8時、 無事 到着しました。

昨年の 「お会式」の後、世話人さんたちと 食事をしているときに 誰からともなく 「なあ 住職、今度 世話人会の後、皆でメシでも食うか~」
世話人会とは 年に一度開催される株主総会のようなものと 私は位置づけているのですが どこか形式的なものでしたから こんな意見が 皆の方から出たことが 正直、とっても嬉しかったです。
今年の2月、その食事会の席で このバス旅行を私が提案し、皆がノってくれて 今年の年間計画にはなかったのですが 即、実行!に移しました。
それまで 毎年毎年 年間計画表の中で 「バス旅行なども考えているのですが いかがですか?」 と呼びかけても 何の反応もなかったのです。
何事においても 皆の心に浸透し 認められるまでには それなりの時間が必要なのだ、 と実感させられた
十年目の秋、でした。
(ホテル前の 加茂湖 よりの 日の出)

天候に恵まれ、メンバーに恵まれ、ドライバー、ガイドさん、すべてに恵まれ、佐渡で出会った方たちも また皆イイ人たちで・・・
最後まで笑いの絶えない すばらしき 三日間を過ごさせていただきました。
参加者から お礼の電話とともに 「来年はどこですか~?」 と問い合わせが・・・
佐渡は 日蓮聖人が 流罪となり 足掛け三年の間ご苦労された地、しかしながら、日蓮宗の御本尊となっている「大曼荼羅」を初めて認められ、また私たちの信仰の要となる 「開目抄」や「本尊抄」といった多くの重要な著述をなされた 聖地であります。
(私を含め 総勢26名です)

朝の5時に出発し、 12:35新潟港よりフェリーに乗り、15:05 予定通り 佐渡両津港に着きました。
日蓮聖人の銅像

高さ26m 重さ重さ100t
各地に存在する日蓮聖人像の中でも
もっとも大きなものだそうです。
平日の夕刻、
他には誰もいない空間で この像を見上げながら
全員で 気持ちよく お経をあげさせていただきました。
翌日、快晴! 標高 850mの 『白雲台』へ。 紅葉の真っ盛り、でした。

ここから お寺参詣。
事前にお願いをしておいた 「本興寺」様にて 、富田ご住職より 読経~法話をいただき
日蓮宗佐渡三本山のひとつ、 『妙照寺』 へ

茅葺きの本堂です。
「毎年、傷んだ茅を補修するのが 大変です」
と ご住職が・・・
ここでは 本堂に上がって お経をあげさせていただきました。

この日は 現地の 美人ガイドさんに乗り込んでもらいました。 一日目は 私メが努めたのですが さすがに プロは上手! 車内が 華やかさと和やかさ で包まれます。
『真野御陵』=順徳天皇火葬塚

順徳上皇は「承久の変」で 島流しとなり、
22年の在島の末、帰京の望みも絶え、
絶食のはてに1242年9月12日に46歳で崩御。

慶子(よしこ)女王; 佐渡で生まれた順徳天皇の第1皇女。
これは 『佐渡歴史伝説館』に展示されている コンピュータ制御の人形。
驚くほど精巧、なめらかな動きで セリフを語ります。
『妙宣寺』


日蓮聖人の弟子、阿仏房(あぶつぼう)を祀るお寺
阿仏房は 念仏宗の僧侶でしたが 日蓮聖人に
法論を挑んで敗れ 以後深く帰依し
妻、千日尼とともに 監視の目を盗んで
食料などを 届け、
佐渡での日蓮聖人を支えた方です。

『根本寺』

日連聖人が 最初に監禁された 「三昧堂」のあった所。


この後、『トキの森公園』で 「トキ」 を見学し、
ホテルへ・・・

翌日 再び フェリーに・・・


夜 8時、 無事 到着しました。

昨年の 「お会式」の後、世話人さんたちと 食事をしているときに 誰からともなく 「なあ 住職、今度 世話人会の後、皆でメシでも食うか~」
世話人会とは 年に一度開催される株主総会のようなものと 私は位置づけているのですが どこか形式的なものでしたから こんな意見が 皆の方から出たことが 正直、とっても嬉しかったです。
今年の2月、その食事会の席で このバス旅行を私が提案し、皆がノってくれて 今年の年間計画にはなかったのですが 即、実行!に移しました。
それまで 毎年毎年 年間計画表の中で 「バス旅行なども考えているのですが いかがですか?」 と呼びかけても 何の反応もなかったのです。
何事においても 皆の心に浸透し 認められるまでには それなりの時間が必要なのだ、 と実感させられた
十年目の秋、でした。
(ホテル前の 加茂湖 よりの 日の出)

天候に恵まれ、メンバーに恵まれ、ドライバー、ガイドさん、すべてに恵まれ、佐渡で出会った方たちも また皆イイ人たちで・・・
最後まで笑いの絶えない すばらしき 三日間を過ごさせていただきました。
参加者から お礼の電話とともに 「来年はどこですか~?」 と問い合わせが・・・
Posted by kotokuji at
15:03
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2014年10月14日
米寿の芳枝さん
母が昨日 88歳の誕生日を無事迎えることができました。
例年ですと 家で ケーキと花でお祝いをしていたのですが 『米寿』ということで 富士市にある 割烹のお店に 出かけました。

お店までの間、車の中で 「今日はお母ちゃんの誕生日だから、オイシ~イもの 食べに行くヨ、富士・富士宮あたりでは 一番イイお店だからね」などと 話しました。
「そ~お 嬉しいね~」 と喜んでくれますが すぐに忘れます。 同じ会話を飽きずに繰り返しているうちに、いよいよお店の近くまで・・・
「もうじきだよ~」 と言ったら 「何だか 嬉しくて ドキドキしちゃうね~」などとマトモな返事、 ようやくインプットされたようでした。

新幹線 新富士駅近くの 『ふじ万』 という 知る人ぞ知る 静かでよいお店です。

「土瓶蒸し」 も 「お造り」 もさらりと洗練されています

ケーキも用意してもらいました。

妹たちが 手拍子で歌い始めると 一緒に歌い

とにかく よく笑う

「肌がキレイで とても88歳には見えませんね~」と 女将からも・・・

本人も 88歳とは とても認識できないようで、80歳を過ぎたことすら よく分かっていません。
「ホントにそんなになる~?」 と 冷蔵庫に貼られたボードを 笑いながら指差し、
そして その場で忘れます。

帰り路、
「長生きしてよかったな~」 と 嬉しそうに 言ってくれました。

私が 小学生のとき、
当時 占い に凝っていた父が
母の額のほくろを発見、
次に 手相を見て
「短命、45歳くらいかな~」 と つぶやいた・・・
私は怖くて
「オカアチャンが死んじゃう~」
と泣きながら
用水路の脇の細い道を
ただバタバタと走った・・・
よくぞ ここまで 元気できてくれた、
と 感無量。
昨日のことも もう忘れてしまったけど
私たちの心に
しっかりと 感動を
残してくれました。
願わくは 「長生きして欲しい」 です。
台風去って、抜けるような青空と富士山

*台風19号、被災者の方々には 心よりお見舞い申し上げます。
興徳寺に関しては 万全の体制で臨みましたが、被害はまったくありませんでした。 いろいろとご心配くださった皆様に 感謝申し上げます。
*17日より2泊3日で 興徳寺の初のバスツアー、佐渡へ行ってきます。 ハイシーズンとあってバスガイドさんを調達できず 行きと帰りを私が努めます(現地では ガイドさんが乗り込んでくれます)。
目下、必死のリハーサル中・・・
例年ですと 家で ケーキと花でお祝いをしていたのですが 『米寿』ということで 富士市にある 割烹のお店に 出かけました。

お店までの間、車の中で 「今日はお母ちゃんの誕生日だから、オイシ~イもの 食べに行くヨ、富士・富士宮あたりでは 一番イイお店だからね」などと 話しました。
「そ~お 嬉しいね~」 と喜んでくれますが すぐに忘れます。 同じ会話を飽きずに繰り返しているうちに、いよいよお店の近くまで・・・
「もうじきだよ~」 と言ったら 「何だか 嬉しくて ドキドキしちゃうね~」などとマトモな返事、 ようやくインプットされたようでした。

新幹線 新富士駅近くの 『ふじ万』 という 知る人ぞ知る 静かでよいお店です。


「土瓶蒸し」 も 「お造り」 もさらりと洗練されています

ケーキも用意してもらいました。

妹たちが 手拍子で歌い始めると 一緒に歌い

とにかく よく笑う

「肌がキレイで とても88歳には見えませんね~」と 女将からも・・・

本人も 88歳とは とても認識できないようで、80歳を過ぎたことすら よく分かっていません。
「ホントにそんなになる~?」 と 冷蔵庫に貼られたボードを 笑いながら指差し、
そして その場で忘れます。

帰り路、
「長生きしてよかったな~」 と 嬉しそうに 言ってくれました。

私が 小学生のとき、
当時 占い に凝っていた父が
母の額のほくろを発見、
次に 手相を見て
「短命、45歳くらいかな~」 と つぶやいた・・・
私は怖くて
「オカアチャンが死んじゃう~」
と泣きながら
用水路の脇の細い道を
ただバタバタと走った・・・
よくぞ ここまで 元気できてくれた、
と 感無量。
昨日のことも もう忘れてしまったけど
私たちの心に
しっかりと 感動を
残してくれました。
願わくは 「長生きして欲しい」 です。
台風去って、抜けるような青空と富士山

*台風19号、被災者の方々には 心よりお見舞い申し上げます。
興徳寺に関しては 万全の体制で臨みましたが、被害はまったくありませんでした。 いろいろとご心配くださった皆様に 感謝申し上げます。
*17日より2泊3日で 興徳寺の初のバスツアー、佐渡へ行ってきます。 ハイシーズンとあってバスガイドさんを調達できず 行きと帰りを私が努めます(現地では ガイドさんが乗り込んでくれます)。
目下、必死のリハーサル中・・・
Posted by kotokuji at
18:29
│Comments(0)
2014年10月08日
嵐去って
今回は 「黒部旅行」の報告のはずでしたが・・・ 檀家さんの 訃報を受け、キャンセル。 黒部は昨年に続き、今回も縁がありませんでした。

台風18号は 6日朝 浜松市に上陸、そのまま静岡県を横切って行きました。
10時頃 強い風が サッと吹いて、イヨイヨ来たか!と思いきや、すぐに青空が広がって それでオシマイ、でした。 風は 大したことは無かったものの 前日からの強い雨で この近くでも、冠水や法面崩壊などの被害がでました。
この日は夜、静岡市で通夜、通常ですと車で1時間弱の距離ですが、 念のため 3時間前に家を出ました。 何ケ所かの 全面通行止めを迂回しながら やっと東名高速道路のインターまで行ったのですが、以前として閉鎖中。
静岡市までは 国道1号線、国道52号線、東名高速道路、新東名高速道路と 4つのルートがあるのですが、そのすべてが通行止めだったのです。 嵐が去って6時間が経つというのに インターで見通しを聞いても 全くワカラナイ、を繰り返すのみ。 通夜の開式までに着けないと大変なことになります。 JRも止まったままでしたが ふと思いついて新幹線、 こちらは運転が再開されていました。 大急ぎで新富士駅に駆けつけ、何とか事なきを得ましたが こういう時 現況と再開の見通しについてのインフォメーションが欲しい、とつくづく思いました。

興徳寺では 「アマゴの池」が被害に・・・
①美しかった頃

②大雨で 全体が冠水してしまった

③水が引いたら 池に大きな中洲が残った


池を作るにあたっては 当然 土砂の流入も想定し、そのために 池の手前に 2ケ所、土砂を溜めるための沈殿池を作ったのですが その2つを埋め尽くし、さらに池に溢れ出た、 その量 ざっと大型ダンプ1台分、 読みが甘かったといえばそれまでですが、とても防ぎようもない量でした。
(池の排水口、普段は1cmほどの水量が・・・)

ホタルの池も水浸し

前もって 土嚢を積んで備えてあったので 土砂で埋もれてしまうことだけは 避けられました。

嬉しかったのは それでも かなりの数のアマゴが生きていてくれたこと。
旅行に行っていたはずの 本日、一日かけて 流入したゴミを片付け、ズタズタに切れてしまったネットを修復しました。
中洲の撤去は 業者に依頼しましたが 元土建屋の目から見ても、底の敷砂利を残して 水中の土砂だけを撤去するなど 簡単な作業ではありません。 まして アマゴを生かしたままとなると・・・

とんでもない道楽を始めてしまった、と 思わず笑ってしまいました。
業者さんも あちこちの災害復旧工事に忙しく 当方に来てくれるのはいつのことやら?

父の命日、 お参りをした後、ふと思いついて 母を車イスに乗せて 山の上のお墓まで 押し上げた。
母にとっては 何年ぶりかの墓参。
その夜、この半年間ほど探して出てこなかった大切なもの、もう諦めかけていたものがポンと 出てきた。

「また オヤジに助けられたな~」 と思いました。

台風18号は 6日朝 浜松市に上陸、そのまま静岡県を横切って行きました。
10時頃 強い風が サッと吹いて、イヨイヨ来たか!と思いきや、すぐに青空が広がって それでオシマイ、でした。 風は 大したことは無かったものの 前日からの強い雨で この近くでも、冠水や法面崩壊などの被害がでました。
この日は夜、静岡市で通夜、通常ですと車で1時間弱の距離ですが、 念のため 3時間前に家を出ました。 何ケ所かの 全面通行止めを迂回しながら やっと東名高速道路のインターまで行ったのですが、以前として閉鎖中。
静岡市までは 国道1号線、国道52号線、東名高速道路、新東名高速道路と 4つのルートがあるのですが、そのすべてが通行止めだったのです。 嵐が去って6時間が経つというのに インターで見通しを聞いても 全くワカラナイ、を繰り返すのみ。 通夜の開式までに着けないと大変なことになります。 JRも止まったままでしたが ふと思いついて新幹線、 こちらは運転が再開されていました。 大急ぎで新富士駅に駆けつけ、何とか事なきを得ましたが こういう時 現況と再開の見通しについてのインフォメーションが欲しい、とつくづく思いました。

興徳寺では 「アマゴの池」が被害に・・・
①美しかった頃

②大雨で 全体が冠水してしまった

③水が引いたら 池に大きな中洲が残った


池を作るにあたっては 当然 土砂の流入も想定し、そのために 池の手前に 2ケ所、土砂を溜めるための沈殿池を作ったのですが その2つを埋め尽くし、さらに池に溢れ出た、 その量 ざっと大型ダンプ1台分、 読みが甘かったといえばそれまでですが、とても防ぎようもない量でした。
(池の排水口、普段は1cmほどの水量が・・・)

ホタルの池も水浸し

前もって 土嚢を積んで備えてあったので 土砂で埋もれてしまうことだけは 避けられました。

嬉しかったのは それでも かなりの数のアマゴが生きていてくれたこと。
旅行に行っていたはずの 本日、一日かけて 流入したゴミを片付け、ズタズタに切れてしまったネットを修復しました。
中洲の撤去は 業者に依頼しましたが 元土建屋の目から見ても、底の敷砂利を残して 水中の土砂だけを撤去するなど 簡単な作業ではありません。 まして アマゴを生かしたままとなると・・・

とんでもない道楽を始めてしまった、と 思わず笑ってしまいました。
業者さんも あちこちの災害復旧工事に忙しく 当方に来てくれるのはいつのことやら?

父の命日、 お参りをした後、ふと思いついて 母を車イスに乗せて 山の上のお墓まで 押し上げた。
母にとっては 何年ぶりかの墓参。
その夜、この半年間ほど探して出てこなかった大切なもの、もう諦めかけていたものがポンと 出てきた。

「また オヤジに助けられたな~」 と思いました。
Posted by kotokuji at
21:36
│Comments(0)
2014年10月01日
かわいいじゃん!
今日から10月、 お坊さんの着物も 衣替え。 このまま暮~正月に突入し、今年も終わるのか、と思いました。
(赤い彼岸花、白い彼岸花)

彼岸花の季節も 終わってしまいました。

地元の方以外にも、
花を目当てに訪れてくださる方が増えました。
嬉しいことです。
来年は この群生地をさらに拡大し
将来的には
境内の全斜面が真っ赤に埋め尽くされることを
夢見ています。
珍しい 彼岸花を見つけました。 石垣のわずかな隙間から 茎がでています。
彼岸花は 直径3cmほどの球根、 どのようにして潜り込んだのか?
それとも 石垣の工事をするとき 閉じ込められた球根?
でも この工事が施されたのは 20年以上前のこと、 謎は深まるばかりです。

母を車イスに乗せて 彼岸花見物、 「わ~ キレイ!」の連発に、 すっかり嬉しくなって、走行距離はどんどん延びてゆきます。 (下れば下るだけ 帰り道が大変です)

ふと 足元の花を指差して、 「ね~ この花 採って~」 、
季節外れの ムラサキツユクサを大事そうに握り、 帰ってくると 一輪挿しに挿し、台所の窓辺に・・・
「かわいいネ~」 と嬉しそうでした。

静岡の友人が シュークリームをお土産に持ってきてくれました。
母はちょうどTVのグルメ番組を 観ていて、
「どうして何でも ヤワラカ~イッ! って言うのかネェ~?」
「それで何でも アッマ~イッ!」
「それで最後は オ~イシッイ~! じゃんネェ~?」
すかさず シュークリームを手に持たせると・・・
「ヤワラカ~イッ!」 「当たり前じゃん、シュークリームなんだからッ」
「アッマ~イッ!」 「だからシュークリームなんだからって・・・」
最後にきっちりと 「オ~イシッイ~!」 で締めてくれました。
「やるもんだ!」 と感服。 我が母ながら 「かわいいじゃん!」
認知症、と診断されて7年。 まったく同じレベルで推移しています。
欲は無く、不安もまたなく、 他人を悪く言うことは一切なく、
怒ることも、妬むこともなく、 いつも静かに笑っている。
何もできないけれど、周りにいつも シアワセを与えてくれる・・・
最後はこんな感じの認知症で終われたら いいですね~

*来週 月曜日から 黒部方面に 2泊3日で行ってきます。 6月に山形に誘っていただいた 先輩方よりのお誘い、ありがたくお受けいたしました。 黒部は 昨年トロリーバスを待っている改札口で檀家さんの訃報が入り、引き返した所、今年 行けるのは 嬉しいです。
(赤い彼岸花、白い彼岸花)


彼岸花の季節も 終わってしまいました。

地元の方以外にも、
花を目当てに訪れてくださる方が増えました。
嬉しいことです。
来年は この群生地をさらに拡大し
将来的には
境内の全斜面が真っ赤に埋め尽くされることを
夢見ています。
珍しい 彼岸花を見つけました。 石垣のわずかな隙間から 茎がでています。
彼岸花は 直径3cmほどの球根、 どのようにして潜り込んだのか?
それとも 石垣の工事をするとき 閉じ込められた球根?
でも この工事が施されたのは 20年以上前のこと、 謎は深まるばかりです。

母を車イスに乗せて 彼岸花見物、 「わ~ キレイ!」の連発に、 すっかり嬉しくなって、走行距離はどんどん延びてゆきます。 (下れば下るだけ 帰り道が大変です)

ふと 足元の花を指差して、 「ね~ この花 採って~」 、
季節外れの ムラサキツユクサを大事そうに握り、 帰ってくると 一輪挿しに挿し、台所の窓辺に・・・
「かわいいネ~」 と嬉しそうでした。

静岡の友人が シュークリームをお土産に持ってきてくれました。
母はちょうどTVのグルメ番組を 観ていて、
「どうして何でも ヤワラカ~イッ! って言うのかネェ~?」
「それで何でも アッマ~イッ!」
「それで最後は オ~イシッイ~! じゃんネェ~?」
すかさず シュークリームを手に持たせると・・・
「ヤワラカ~イッ!」 「当たり前じゃん、シュークリームなんだからッ」
「アッマ~イッ!」 「だからシュークリームなんだからって・・・」
最後にきっちりと 「オ~イシッイ~!」 で締めてくれました。
「やるもんだ!」 と感服。 我が母ながら 「かわいいじゃん!」
認知症、と診断されて7年。 まったく同じレベルで推移しています。
欲は無く、不安もまたなく、 他人を悪く言うことは一切なく、
怒ることも、妬むこともなく、 いつも静かに笑っている。
何もできないけれど、周りにいつも シアワセを与えてくれる・・・
最後はこんな感じの認知症で終われたら いいですね~

*来週 月曜日から 黒部方面に 2泊3日で行ってきます。 6月に山形に誘っていただいた 先輩方よりのお誘い、ありがたくお受けいたしました。 黒部は 昨年トロリーバスを待っている改札口で檀家さんの訃報が入り、引き返した所、今年 行けるのは 嬉しいです。
Posted by kotokuji at
19:32
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