2012年05月28日
アニマル シェルター
今回の東北行きの もう一つの目的が 「福島県動物救護本部」へ Mさんからの寄付金をお渡しすることでした。
本部は 支援団体の一つである 福島市の 「福島県獣医師会」 の中にありますが できたら シェルターを見学したい、とわがままを言って、 三春町の 「第二アニマルシェルター」を訪問しました。
シェルター(避難所)は 通常、ボランティアが 動物のお世話をしているため 一般の見学は許可されていません。
今回は 特別に 福島市から 獣医師会の島崎常務理事が わざわざ出向いてくださり、実現しました。

島崎常務理事に 寄付金を渡す
内部を案内していただきましたが、 悲しい過去のある 犬や猫が本当に手厚く保護されていました。
ケージで飼われているのか、と想像していましたが 冷暖房完備の ホテルのよう・・・

猫の個室;3段の棚があり 好きな場所でリラックスしています。

毎日 掃除が施されます。

こちらは 犬の個室、 猫より幅が広い

お掃除の間は 広いパドックで
島崎さんより いろいろお話を 伺いました。

現在 ここで飼われているのは 犬が76頭、猫が47匹、
獣医さんが常駐されているし
手入れも行き届いていて、 悲しい思いをしたペットたちも
少なくとも ここでは 平穏な日々を過ごしているように見えました。
田舎で飼われていたため 雑種がほとんどですが
皆 きれいに シャンプーされていて
興徳寺の名犬サクラより よほど垢抜けて見えます。
問題も 多々あるようですが まずは いつまでこの支援を 続けるのか?
宮城県や 岩手県の 各地の動物救護センターは 昨年の秋ごろまでに その使命を終え、 閉所になりました。 福島が 閉所できない 理由は 津波被害と 原発被害の違い、でしょうか? 預かっているペットはすべて 持ち主が特定できているのですが 仮設住宅ではペットが飼えない、ということが主たる理由のようです。
もう一歩踏み込んで見れば、 田舎に暮らす人の ペットへの思い入れの深さが 都会の人と 少し違うのは? と田舎に暮らす私には思えるのです。 どこの家にも 雑種の1匹、放し飼いの猫の 1匹くらいは いて、 ペットというような 特別の存在でもなく、当たり前のように 溶け込んでいる。
仮設住宅の狭くて、不自由で、不本意な生活の中からは 「無理してでも ペットを受け入れたい」 という余裕も生じないのでは?
このシェルターを維持するのに必要な経費は 月500万円、 県からの補助と 寄付金等で 賄われているそうです。

南相馬市 小高地区にて
東電からの賠償金には 該当しないのでしょうか?
本部は 支援団体の一つである 福島市の 「福島県獣医師会」 の中にありますが できたら シェルターを見学したい、とわがままを言って、 三春町の 「第二アニマルシェルター」を訪問しました。
シェルター(避難所)は 通常、ボランティアが 動物のお世話をしているため 一般の見学は許可されていません。
今回は 特別に 福島市から 獣医師会の島崎常務理事が わざわざ出向いてくださり、実現しました。

島崎常務理事に 寄付金を渡す
内部を案内していただきましたが、 悲しい過去のある 犬や猫が本当に手厚く保護されていました。
ケージで飼われているのか、と想像していましたが 冷暖房完備の ホテルのよう・・・

猫の個室;3段の棚があり 好きな場所でリラックスしています。

毎日 掃除が施されます。

こちらは 犬の個室、 猫より幅が広い

お掃除の間は 広いパドックで
島崎さんより いろいろお話を 伺いました。

現在 ここで飼われているのは 犬が76頭、猫が47匹、
獣医さんが常駐されているし
手入れも行き届いていて、 悲しい思いをしたペットたちも
少なくとも ここでは 平穏な日々を過ごしているように見えました。
田舎で飼われていたため 雑種がほとんどですが
皆 きれいに シャンプーされていて
興徳寺の名犬サクラより よほど垢抜けて見えます。
問題も 多々あるようですが まずは いつまでこの支援を 続けるのか?
宮城県や 岩手県の 各地の動物救護センターは 昨年の秋ごろまでに その使命を終え、 閉所になりました。 福島が 閉所できない 理由は 津波被害と 原発被害の違い、でしょうか? 預かっているペットはすべて 持ち主が特定できているのですが 仮設住宅ではペットが飼えない、ということが主たる理由のようです。
もう一歩踏み込んで見れば、 田舎に暮らす人の ペットへの思い入れの深さが 都会の人と 少し違うのは? と田舎に暮らす私には思えるのです。 どこの家にも 雑種の1匹、放し飼いの猫の 1匹くらいは いて、 ペットというような 特別の存在でもなく、当たり前のように 溶け込んでいる。
仮設住宅の狭くて、不自由で、不本意な生活の中からは 「無理してでも ペットを受け入れたい」 という余裕も生じないのでは?
このシェルターを維持するのに必要な経費は 月500万円、 県からの補助と 寄付金等で 賄われているそうです。

南相馬市 小高地区にて
東電からの賠償金には 該当しないのでしょうか?
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21:53
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2012年05月25日
東北より
昨夜 帰りました。 相棒、ミキオちゃんとの 3泊4日でした。
石巻市教育委員会にて Mさんよりの 震災奨学金への寄付金を お渡しし、境 教育長 と 佐藤事務局長 より お話を伺いました。
石巻市で 今回の震災で 両親を失った子どもが 40人、 その中には 1歳のお子さんも・・・ この子が高校を卒業するまでの17年間を対象期間とし、 小学生に1万円、 中学生に2万円、高校生に3万円を どこに住んでいても 毎月支給する という制度です。
被災した学校も 5年以内をメドに 新しい場所に再建できるメドがついたそうです。 これから5年ということは 被災したほとんどの子どもは 仮設の学校のままで卒業を迎えるわけですが それでも 前に向けて 少しづつ進んでいるのかな、と思いました。

東松島市に ボランティアに通っている頃 知り合いになった方が 今 生活されている仮設住宅へ 支援物資を届けました。
お年寄りが多く お米を買いに行くのが大変、とのことで お米を10kg、 それに静岡のお茶と、 私の村の地酒『富士錦』を 全員にお届けしました。

新しい就職先が見つからず、前途は多難ですが 避難所で 知り合った頃に比べると とても明るくなって それだけでも救われます。

一方 こちらは 警戒区域指定が4月に解かれた 福島県南相馬市小高区、
住民の自宅立ち入りが自由にできるようになった(宿泊は禁止)ことから
この5月18日、 「災害復旧ボランティアセンター」が 開設されました。
(センターは 鹿島区、にあります)


作業は 屋外の ヘドロの片付けでした。
庭や畑に堆積したヘドロを集め
土のう袋に入れて 積み上げる、
1年前、宮城県で行った作業を
今 再び・・・
このお宅では 井戸があるので 避難所から毎日 片付けに通っているとのことですが、
小高区の水道は整備完了まであと1年、下水道は2年かかる とのこと、 除染も進んでおらず、 住民が 本当に戻ってくるのは いつの日のことでしょうか?

小高駅前商店街 人っ子一人 見当たらない・・・

地震で崩壊したままの 商店

主のいない 本屋さん シャッターは 閉じられず、 床に 本が散乱したまま・・・

あの日から 時間が止まったままのように ひっそりと静まり返る・・・
地震と、津波と、原発の被害を受けた町、 南相馬市。
米農家は 今年も 作付けをしないよう 行政指導がなされ、 本来なら 田植えが施されているはずの 見渡す限りの水田も 雑草が生い茂ったまま・・・

人々はいつ帰れるのか? 農家はどうなる? 子どもたちは?
皆が笑い会える日は 来るのか・・・・?
私たちは どう考え、 何をしたらいいのか?

地盤沈下して 水没した 水田、 道路も 水の中

水田に 赤い消防自動車
*『福島県動物救護本部』 に伺いました。 それについては 次回に・・・
石巻市教育委員会にて Mさんよりの 震災奨学金への寄付金を お渡しし、境 教育長 と 佐藤事務局長 より お話を伺いました。
石巻市で 今回の震災で 両親を失った子どもが 40人、 その中には 1歳のお子さんも・・・ この子が高校を卒業するまでの17年間を対象期間とし、 小学生に1万円、 中学生に2万円、高校生に3万円を どこに住んでいても 毎月支給する という制度です。
被災した学校も 5年以内をメドに 新しい場所に再建できるメドがついたそうです。 これから5年ということは 被災したほとんどの子どもは 仮設の学校のままで卒業を迎えるわけですが それでも 前に向けて 少しづつ進んでいるのかな、と思いました。

東松島市に ボランティアに通っている頃 知り合いになった方が 今 生活されている仮設住宅へ 支援物資を届けました。
お年寄りが多く お米を買いに行くのが大変、とのことで お米を10kg、 それに静岡のお茶と、 私の村の地酒『富士錦』を 全員にお届けしました。

新しい就職先が見つからず、前途は多難ですが 避難所で 知り合った頃に比べると とても明るくなって それだけでも救われます。

一方 こちらは 警戒区域指定が4月に解かれた 福島県南相馬市小高区、
住民の自宅立ち入りが自由にできるようになった(宿泊は禁止)ことから
この5月18日、 「災害復旧ボランティアセンター」が 開設されました。
(センターは 鹿島区、にあります)


作業は 屋外の ヘドロの片付けでした。
庭や畑に堆積したヘドロを集め
土のう袋に入れて 積み上げる、
1年前、宮城県で行った作業を
今 再び・・・
このお宅では 井戸があるので 避難所から毎日 片付けに通っているとのことですが、
小高区の水道は整備完了まであと1年、下水道は2年かかる とのこと、 除染も進んでおらず、 住民が 本当に戻ってくるのは いつの日のことでしょうか?

小高駅前商店街 人っ子一人 見当たらない・・・

地震で崩壊したままの 商店

主のいない 本屋さん シャッターは 閉じられず、 床に 本が散乱したまま・・・

あの日から 時間が止まったままのように ひっそりと静まり返る・・・
地震と、津波と、原発の被害を受けた町、 南相馬市。
米農家は 今年も 作付けをしないよう 行政指導がなされ、 本来なら 田植えが施されているはずの 見渡す限りの水田も 雑草が生い茂ったまま・・・

人々はいつ帰れるのか? 農家はどうなる? 子どもたちは?
皆が笑い会える日は 来るのか・・・・?
私たちは どう考え、 何をしたらいいのか?

地盤沈下して 水没した 水田、 道路も 水の中

水田に 赤い消防自動車
*『福島県動物救護本部』 に伺いました。 それについては 次回に・・・
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16:56
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2012年05月19日
未来から過去へ
今回は 『時間の概念』について 書きます。
最近の 講演会で、 よく取り上げる テーマです。

一般的に信じられている 「時間は、過去から未来に向かって流れている」という概念、
実はこれ、西洋の古典的な時間観です。
創造主が宇宙を作ったことからすべてが始まり、現在に至り、そして未来につながっていく・・・
という大前提があるため、 そう考えないと神の存在が肯定できないからです。
現在の結果は 過去に原因があり、 この現在の状態を原因として 未来に結果がある・・・
と一般的に考えますが 果たして そうでしょうか?

「時間は、未来から過去に向かって流れる」 と言ったら どう思われますか?

例えば、あなたは今、 この私のブログを読んでいます。
「和尚のブログ」を読もう、と思った時点では
この瞬間は未来にありました。
未来に「読む」という設定をし、
読んだ瞬間に過去に流れる・・・
①未来に設定し~
②それが現在となり~
③過去に流れる~・・・
一瞬も途切れずに未来から過去に流れているもの、
それを時間と呼ぶのでは ありませんか?
自分が頭が悪い(結果)のは、過去に勉強しなかった(原因)からだ、と思う人がいる。
でも本来、勉強するはずの時間に TVを観よう(未来)と決めて・・・ 観た(過去)・・・
それを繰り返しているうちに、成績は上がらず、そのうちに 「いいんだもんね~ 別に 東大に行きたいわけじゃないんだし・・・」と未来設定をした・・・
その通りに 今がある・・・
「人生は 思い通りにはならない」と言って、 結局 思い通りにならなかった男がいたとします。
この男、 実は 思い通りになった、 といえませんか?

大切なのは 『未来設定』です。
よき未来を設定すること、 そして強く思うこと、
それが ほとけさまの意に沿うこと(調和すること)なら 必ずその通りになります。
私の場合ですと・・・
ブラジル時代、借金だらけのドン底生活も経験しましたが、そんな中でも、人の役にたちたい、ほとけさまのお役にたちたい・・・ と常に願っていました。
今、このような形を与えられています。

浜岡原発、再稼動の是非を問う 県民投票実現を目指し、
署名運動が始まっています。
私も「受任者=署名を集める人」になりました。
興徳寺に来られる方、
是非 署名にご協力ください。
私が 原発に反対するのは
未来によきものを残したいから、
「死の灰」 という負の遺産を
未来に残すわけにはいきません。
高速増殖炉に 「もんじゅ」 という 仏さまの 名前をつけたとき、
仏教会から 名前を撤去するよう申し出たところ、
「この原子炉は 神や 仏のレベルを超えたのだから・・・」 と 本気で思った学者がいたそうです。
まったくの 思いあがりです。
まずは 原発のない社会を 未来に設定し、 それを多くの人たちとともに 強く思うこと、
そうすれば 必ずそのようになるのです。
なぜなら 「時間は 未来から 過去に流れる」 のだから・・・

前回のブログをupして、 また2回 お葬式があって (檀家さんではなく、友人と、近くのお寺のご住職)
またまた 忙しい日々でした。 明後日から 東北に行くため、その準備もありまして・・・
今回の東北、21日からの4日間。 石巻市教育委員会に、Mさんの寄付を届け、仮設住宅に 支援物資を届け、被災者を訪ね、福島県南相馬市で ボランティアをし、そして三春町の動物救護センターへ・・・
帰ってきてから また 報告をします。
最近の 講演会で、 よく取り上げる テーマです。

一般的に信じられている 「時間は、過去から未来に向かって流れている」という概念、
実はこれ、西洋の古典的な時間観です。
創造主が宇宙を作ったことからすべてが始まり、現在に至り、そして未来につながっていく・・・
という大前提があるため、 そう考えないと神の存在が肯定できないからです。
現在の結果は 過去に原因があり、 この現在の状態を原因として 未来に結果がある・・・
と一般的に考えますが 果たして そうでしょうか?

「時間は、未来から過去に向かって流れる」 と言ったら どう思われますか?

例えば、あなたは今、 この私のブログを読んでいます。
「和尚のブログ」を読もう、と思った時点では
この瞬間は未来にありました。
未来に「読む」という設定をし、
読んだ瞬間に過去に流れる・・・
①未来に設定し~
②それが現在となり~
③過去に流れる~・・・
一瞬も途切れずに未来から過去に流れているもの、
それを時間と呼ぶのでは ありませんか?
自分が頭が悪い(結果)のは、過去に勉強しなかった(原因)からだ、と思う人がいる。
でも本来、勉強するはずの時間に TVを観よう(未来)と決めて・・・ 観た(過去)・・・
それを繰り返しているうちに、成績は上がらず、そのうちに 「いいんだもんね~ 別に 東大に行きたいわけじゃないんだし・・・」と未来設定をした・・・
その通りに 今がある・・・
「人生は 思い通りにはならない」と言って、 結局 思い通りにならなかった男がいたとします。
この男、 実は 思い通りになった、 といえませんか?

大切なのは 『未来設定』です。
よき未来を設定すること、 そして強く思うこと、
それが ほとけさまの意に沿うこと(調和すること)なら 必ずその通りになります。
私の場合ですと・・・
ブラジル時代、借金だらけのドン底生活も経験しましたが、そんな中でも、人の役にたちたい、ほとけさまのお役にたちたい・・・ と常に願っていました。
今、このような形を与えられています。

浜岡原発、再稼動の是非を問う 県民投票実現を目指し、
署名運動が始まっています。
私も「受任者=署名を集める人」になりました。
興徳寺に来られる方、
是非 署名にご協力ください。
私が 原発に反対するのは
未来によきものを残したいから、
「死の灰」 という負の遺産を
未来に残すわけにはいきません。
高速増殖炉に 「もんじゅ」 という 仏さまの 名前をつけたとき、
仏教会から 名前を撤去するよう申し出たところ、
「この原子炉は 神や 仏のレベルを超えたのだから・・・」 と 本気で思った学者がいたそうです。
まったくの 思いあがりです。
まずは 原発のない社会を 未来に設定し、 それを多くの人たちとともに 強く思うこと、
そうすれば 必ずそのようになるのです。
なぜなら 「時間は 未来から 過去に流れる」 のだから・・・

前回のブログをupして、 また2回 お葬式があって (檀家さんではなく、友人と、近くのお寺のご住職)
またまた 忙しい日々でした。 明後日から 東北に行くため、その準備もありまして・・・
今回の東北、21日からの4日間。 石巻市教育委員会に、Mさんの寄付を届け、仮設住宅に 支援物資を届け、被災者を訪ね、福島県南相馬市で ボランティアをし、そして三春町の動物救護センターへ・・・
帰ってきてから また 報告をします。
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20:40
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2012年05月12日
どんぐりの芽
この1週間、 お葬式が 2回、 それに法事と その他のもろもろが 複雑に絡み合って(?)、
あっと言う間に 過ぎ去ってしまいました。
そんなわけで 久しぶりの 更新です。

寝不足のモーローとした頭で お葬式の準備を しておりました。
位牌に 命日を
平成二十四年と書くところを 昭和二十四年、と書いて
しばらく気がつかなかった・・・
「あたしゃ 日進月歩で バカになる」
は 母の 名言(迷言)ですが・・・
私は
「破竹の勢いで パーになってるみたい」 です。
「おかあちゃんの パーが うつったみたい」
と言ったら
「うつった~? そりゃ悪かったね~」
と
顔を見合わせ バカ笑い、
バカ が笑うから バカ笑い?
昨年 植えた ドングリが 芽を出しました。

感激! です。
同じく 昨年 植樹した苗木も 若葉が 風に・・・

そよいでいます。
『どんぐりの会』では 定期的に 山の作業を行っています。
第2木曜日と 第3土曜日 9:00~12:00 です。

これは
山の中腹に
作業用道路を
造っているところ・・・
地味な仕事ですが
これからの 「下刈り」等に
必要・大切な 道路です。
何でもそうですが
育てる、 ということは
地味で 根気の要る作業の 積み重ね、 ですネ。
一方、今年の植えつけのための 山も 伐採を開始しました。

全部で 1ha 近くあります。



山の木を伐ると、
大量の 残滓(木の枝)が発生します。
ムカシなら
焚き付け用の燃料となったものです。
直径50cmほどの束にして
運び出すのですが、
女の人や 子どもの冬の仕事でした。
私も 小学校の頃
やったことがあります。
今では ただのゴミです。
昨年は 半分ほどは 大きな穴を掘って埋め、 残りは山積みしたまま・・・
数年を経て 腐蝕して 土に戻るのを待つという、 原始的かつ消極的方法です。
今年は
費用はかかるけれど 思い切って、大型粉砕機を導入し、 粉にして 山に戻そう、と計画したのですが・・・
日本中の粉砕機が 東北の ガレキ処理に投入されているそう、 です。
あきらめて 今年も 低いところに 押し込んでおくことにしました。

「YUNOどんぐりの会」 協力できる方、 お願いいたします。
あっと言う間に 過ぎ去ってしまいました。
そんなわけで 久しぶりの 更新です。

寝不足のモーローとした頭で お葬式の準備を しておりました。
位牌に 命日を
平成二十四年と書くところを 昭和二十四年、と書いて
しばらく気がつかなかった・・・
「あたしゃ 日進月歩で バカになる」
は 母の 名言(迷言)ですが・・・
私は
「破竹の勢いで パーになってるみたい」 です。
「おかあちゃんの パーが うつったみたい」
と言ったら
「うつった~? そりゃ悪かったね~」
と
顔を見合わせ バカ笑い、
バカ が笑うから バカ笑い?
昨年 植えた ドングリが 芽を出しました。

感激! です。
同じく 昨年 植樹した苗木も 若葉が 風に・・・

そよいでいます。
『どんぐりの会』では 定期的に 山の作業を行っています。
第2木曜日と 第3土曜日 9:00~12:00 です。

これは
山の中腹に
作業用道路を
造っているところ・・・
地味な仕事ですが
これからの 「下刈り」等に
必要・大切な 道路です。
何でもそうですが
育てる、 ということは
地味で 根気の要る作業の 積み重ね、 ですネ。
一方、今年の植えつけのための 山も 伐採を開始しました。

全部で 1ha 近くあります。



山の木を伐ると、
大量の 残滓(木の枝)が発生します。
ムカシなら
焚き付け用の燃料となったものです。
直径50cmほどの束にして
運び出すのですが、
女の人や 子どもの冬の仕事でした。
私も 小学校の頃
やったことがあります。
今では ただのゴミです。
昨年は 半分ほどは 大きな穴を掘って埋め、 残りは山積みしたまま・・・
数年を経て 腐蝕して 土に戻るのを待つという、 原始的かつ消極的方法です。
今年は
費用はかかるけれど 思い切って、大型粉砕機を導入し、 粉にして 山に戻そう、と計画したのですが・・・
日本中の粉砕機が 東北の ガレキ処理に投入されているそう、 です。
あきらめて 今年も 低いところに 押し込んでおくことにしました。

「YUNOどんぐりの会」 協力できる方、 お願いいたします。
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19:41
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2012年05月04日
白糸の滝
前回のブログを 少し補足します。

「喜捨」は きしゃ と読みます。
「寺社や貧しい人にお金や物をあげる」という意味の言葉ですが、
まずは お金(物)に対する 執着(しゅうじゃく と読みます)を 捨てる、
捨てた時点で オシマイ、 決して 見返りを求めない、 ということが 大切です。
私たちは 何も持たずに 裸で生まれてきた
そして この世の生を閉じる時 手に入れた すべてを 置いてゆくのです。
富も 名誉も 名声も・・・
ならば
何ひとつ自分のものではない、と 理解できたときには
執着 そのものすら 捨てられるでしょうか?

今日は とても嬉しい日でした。
私が18才のとき お世話になった北海道の牧場の おばさんと、再会しました。

小学校の同級生 キミヨちゃんが
私の2年後くらいに その牧場で お世話になって、
彼女は マメで 優しい性格の子なので
以来、ずっとお付き合いを続けてこられたのでした。
そのおばさんが キミヨちゃんのところへ
来られるというので お誘いを受けました。
実に44年ぶりの ご対面でした。
牧場での仕事はきつかったけれど 毎日毎日が新鮮で、
その ひとこま・ひとこまがくっきりと思い起こされます。
左から 浜松市から来られた 村松さんご夫妻、 奥さんが若い頃 牧場にお世話になっていたらしく この方たちが ご招待したのだそうです。 おばさん、と 妹さん、 そして キミヨちゃんご夫妻
富士宮市の 観光スポット 「白糸の滝」 にご案内しました。

『白糸の滝』という名称は 日本中にあるそうですが、 ここが ご本家、
源頼朝の
「この上に いかなる姫や おはすらん おだまき流す 白糸の滝」
という一句が残っています。

「日本の滝100選」にも選ばれている、国の天然記念物で 高さは25mですが 幅は200mもあります。
富士山の 雪解け水が 岩の間から 湧き出ている、という珍しい 滝でもあります。
我々は もう慣れっこですが 一度は見ていただきたい 「滝」 です。。

これは 田貫湖(たぬきこ)という 近くの人造湖
おばさんは 今年83歳になられたそう。
おじさんは 亡くなられたそうですが とってもお元気で 若々しかったです。

テンガロンハットを被った カウボーイ姿の牧場主に憧れて 北海道に行ってみましたが、
ベコ飼い(北海道の 牧場オーナーは 自らをそう呼ぶ)は 1年365日、 一日も休みがない、
これは とても無理だと、簡単に 諦めてしまいました。
可愛い娘さんのいる牧場を探して 婿に入ろう、 などと 何ともアマイことを考えていたものかと・・・
このころの私は すべてにおいて 軽薄でした。

「喜捨」は きしゃ と読みます。
「寺社や貧しい人にお金や物をあげる」という意味の言葉ですが、
まずは お金(物)に対する 執着(しゅうじゃく と読みます)を 捨てる、
捨てた時点で オシマイ、 決して 見返りを求めない、 ということが 大切です。
私たちは 何も持たずに 裸で生まれてきた
そして この世の生を閉じる時 手に入れた すべてを 置いてゆくのです。
富も 名誉も 名声も・・・
ならば
何ひとつ自分のものではない、と 理解できたときには
執着 そのものすら 捨てられるでしょうか?

今日は とても嬉しい日でした。
私が18才のとき お世話になった北海道の牧場の おばさんと、再会しました。

小学校の同級生 キミヨちゃんが
私の2年後くらいに その牧場で お世話になって、
彼女は マメで 優しい性格の子なので
以来、ずっとお付き合いを続けてこられたのでした。
そのおばさんが キミヨちゃんのところへ
来られるというので お誘いを受けました。
実に44年ぶりの ご対面でした。
牧場での仕事はきつかったけれど 毎日毎日が新鮮で、
その ひとこま・ひとこまがくっきりと思い起こされます。
左から 浜松市から来られた 村松さんご夫妻、 奥さんが若い頃 牧場にお世話になっていたらしく この方たちが ご招待したのだそうです。 おばさん、と 妹さん、 そして キミヨちゃんご夫妻
富士宮市の 観光スポット 「白糸の滝」 にご案内しました。

『白糸の滝』という名称は 日本中にあるそうですが、 ここが ご本家、
源頼朝の
「この上に いかなる姫や おはすらん おだまき流す 白糸の滝」
という一句が残っています。

「日本の滝100選」にも選ばれている、国の天然記念物で 高さは25mですが 幅は200mもあります。
富士山の 雪解け水が 岩の間から 湧き出ている、という珍しい 滝でもあります。
我々は もう慣れっこですが 一度は見ていただきたい 「滝」 です。。

これは 田貫湖(たぬきこ)という 近くの人造湖
おばさんは 今年83歳になられたそう。
おじさんは 亡くなられたそうですが とってもお元気で 若々しかったです。

テンガロンハットを被った カウボーイ姿の牧場主に憧れて 北海道に行ってみましたが、
ベコ飼い(北海道の 牧場オーナーは 自らをそう呼ぶ)は 1年365日、 一日も休みがない、
これは とても無理だと、簡単に 諦めてしまいました。
可愛い娘さんのいる牧場を探して 婿に入ろう、 などと 何ともアマイことを考えていたものかと・・・
このころの私は すべてにおいて 軽薄でした。
Posted by kotokuji at
22:45
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